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ゲリラライブとイメチェンの夢


 ゲリラライブだ、という誰かの声を聞いて、私は外に飛び出した。
 日暮れ、午後6時の街角。彼はいた。運動会で校長先生が話しているような台の上に、あぐらをかいて座っている。
 彼は、もう歌い出していた。しかしみんな歌を聴くどころではなく、阿鼻叫喚。ライブで2度と取ることができないような、最前列に陣取った私も例外ではない。それでも彼の歌は、太く、力強く、まっすぐこちらに向かって届く。
 うざったい黒髪がたなびいていた。群青色でペラペラの着物が、逆に彼の高級感を際立たせる。琵琶を持って、彼の曲群の中でも異質な、和風チックな歌を1人で奏でる。
 彼が目の前で歌っているのだ、という現実感を徐々に得た私は、彼の歌に飲み込まれていった。

 次の瞬間起きたことを、私はすぐには頭で理解できなかった。
 誰もがきゃあっと叫ぶ。そこにいるのは、彼ではあるが彼ではない。何かがバサッと台の上に落ちる。黒くて妙に生々しいあれは…ウィッグ?
 やっと理解した。彼は坊主になったのだ。人前に出てこの方髪のある姿だった彼が、大胆なイメチェンである。坊主姿なんて、想像したこともなかった。
 しかし、見れば見るほど、これもアリだ。ここ数年うざったい髪の毛を守り続けた彼の、覚悟のイメチェンなのだ。誰がどう言おうとも、私は新しい彼を応援しよう。
 その思いは、他のファンも同様のようだ。驚きが混じった黄色い歓声は鳴り止まない。みんな、恍惚としていた。人生を賭けて愛し続けている彼の、新たなる第一歩を祝って。


 白い掛け布団にうつ伏せ状態の私は、流石にあのゲリラライブは夢だったのだろう、と思いつつ、スマホを掴み、Xを開いた。
 昨日のあれ凄かったね、というポストが、幾つも幾つもタイムラインに流れる。
 夢じゃなかった!私は確かに、彼のゲリラライブと、新しい姿をこの目で見たのだ!


(残念。夢でした。入れ子構造の。)

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