小さな勇者と大きな魔族

 私のレベルは999だ。

 魔族でレベルが100を超えるのは珍しくない。人間ではちらほらいる程度らしい。寿命の問題だろう。
 レベルとは何ぞ?と思うだろう。簡単に言えば、強さのランクだ。
 ステータスが上がれば自ずと上がっていく。
 レベルは目認できる。だから、相手が格上か格下かというのはすぐにわかる。

 そして今、目の前にいる勇者はレベル7だ。
 まぁ、10歳くらいの子供だからしょうがない。

 問題は…

「勝負だ」

 と、剣を抜いて立ちはだかっている事だ。

 勝てる。勝てない。の話ではなく。戦いたくない。

 
「えっと、なんで?」

 私は問いた。
 まともな返答は求めていない。

 ただ、彼を納得させるためだ。

「魔物と戦うのは勇者の役目だ。だから戦うんだ」

 まっすぐに私を見て勇者が言った。

 少し困った。彼の瞳は真っすぐだ。

「えっと、私、戦う気はないよ?」

「なんだと?逃げるのか!」

 背中を向けた私に、いつでも飛び出せるような体制を崩さなかった。

「後ろからでも襲うの?」

「当たり前だ。魔族を倒すのが勇者の使命だからな」

 なるほど、勇者とは面倒なのだな。

 だが、私はそれが嫌だ。戦うのが大嫌いだ。

「背中から切りかかるなんて、卑怯者だね。キミは」

 私は言った。

 もちろん皮肉だ。わかりやすい皮肉だ。

 彼は子供だ。こんな子供だからこそこんな言葉が効く。

「なんだと、だれが卑怯者だ」

「キミだよ。えっと……」

「ロナだ。お前は何だ」

 ロナ。それが勇者の名前らしい。

「私は……うーん」

 しまった。名前を考えていなかった。

 魔族は文明を持たないものが多い。通貨もなければ法律もない。義務もなければ正義もないのだ。

 ただ、自分が良ければそれでいい。

 昔の名前も忘れた。誰かにつけてもらった大事な……。

「なんだ?言えないのか?やましいことでもあるんじゃないのか?」

「ごめんね。名前はないんだ。というか、必要がないから……」

 ロアは驚いた顔をした。信じられない。といった顔だ。

「名前がないのか?本当に?」

「うん。向こう100年聞いたことないかな」

 ロアは驚いた顔から悲しそうな顔になった。

「名前は、父上や母上がくれる最初の贈り物だぞ?失くしたんじゃないのか?」

 ロアの言葉に驚いた。

 勇者は真面目なのだ。生真面目なのだ。

 先ほどまで剣を向けていた相手を、今は心配している。

 鳴きそうな顔をして、本気で心配している。

「そんな大切なものを失って、怖くないのか?」

「考えたことはなかったなぁ。困ったことがないし」

 ロアは考え込んだ。

 このスキに逃げてしまおうかと思ったが、逃げるのは失礼だ。

 どこかで会えば、また面倒になるし。

「よし。わかった」

 ロアは何かを納得した。

 そして、ガラス玉のような瞳を私に向けて言った。

「私が、お前の名前を探す」

 と、私の顔を、眼を、心を見て言ったのだ。

「……え、何で?」

 私は聞いた。

 理由は一つ。

 なぜ関係もない彼が、私のために動くのか。

 しかし、ロアは言った。

「理由が必要だろうか?」

 私の問いに頭を悩ませていた。

「だって、キミには何の利益もないし。何より、さっきまで敵だったじゃない」

 しかし、ロアは言った。

「戦う気がないなら敵ではない。なら、味方だろう?だから助ける。それ以上が必要か?」

 思った以上にロアは馬鹿なのかもしれない。私にとっては敵でもなければ味方でもない。

 無関係だ。と言ったはずなのだ。

 だが、ロアは言った。

「敵でないのなら味方……」

 口からこぼれた言葉に、ロアは答えた。

「そうだ。だから助けるんだ。そこに理由など必要ない」

 キラキラしたガラス玉のような眼を私に向けて、勇者ははっきりと答えた。

「とりあえずの名前が欲しい。お前ではいい気がしないしな」

「そう。明日までに考えておく」

 私は屈みこんだ。まっすぐ勇者を見て、ついでにこういった。

「ここで待ってるわ。私もお供してあげる」

 あくまで上からで私は言った。

「いいぞ。もちろんだ」

 ロアも上から目線で返した。

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