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【創作小説】クエスチョン・アーク|Ep.8 Kalimba

今日は重たい鼠色の空です。
春を目前にしたこの頃の空気は、たっぷりと湿度を含んで、まるで高級なカステラのように、もしくは愛らしい子供たちとの抱擁のように、ずっしりと甘く佇んでいます。
うっとうしいほどの気怠さに幸せな予感をたっぷりと含ませて、ほら、春はすぐそこだよ、とそそのかしてくるのです。

何があれば軽くなるのか、またその逆で何がなければ軽くなるのか、その答えを導き出したとしても、ときには重たいということが幸せだったりするものです。
哲学的な問答ではなく、感じるものに答えがあることを知ったとき、人の心には月と太陽が揃うのでしょう。

なんだか恥ずかしい詩のようになってしまいましたが、これを読む方には伝わってほしいと思うのです。

私の白昼夢はチェロの場面が一つの山場でしたので、ここからは最後の山に向かう物語に入っていきます。
どうぞ、最後までお付き合いください。


私は熱い炉を離れる間際に、チェロと最後の抱擁を交わしました。
彼の胸の中は絶対的な安心感で満ちており、私はその肩越しに、真っ暗な闇に滲んだ蜃気楼のような翼を見ました。正確には、見たような気がした、というくらいのものですが、それはきっと正しい感覚だったのだろうと思います。なぜなら、彼は地に足をつける必要のない存在なのですから、その背に翼があって当然なのです。
そのことは彼には伝えず、私は彼に見送られながら、水蒸気の煙幕の中へと、勢いよく飛び込んでいき、どこかへ向かって一目散に走り出しました。重い鱗の剥がれたあとの体は嘘のように軽く、足は痛みを忘れたかのように硬い地面を蹴り跳ねました。私はとても歓喜していたのです。全身でその喜びを味わうのに、走る以外に方法が思い当たりませんでした。怖いものなど何もなく、どこまでも行けそうな幸せな予感に導かれ、目を開き、果てしない闇へと突っ込んでいきました。

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3,435字

現実と虚構の狭間で見るイメージを紡ぐ、哲学系幻想小説。

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