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【掌編小説|Reflection】はじめてのぼうけん

 小学校にあがったから、おれは、初めてひとりでさんぽに出かけた。こないだ買ってもらったばかりの青くてかっこいい腕時計をつけて、帽子をかぶって、お母さんにいってきますをした。お母さんは「気をつけてな」と言って水筒を持たせてくれた。
 おうちのまわりのいつも歩いてるところも、ひとりだと、ちょっとどきどきする。空も海もおれの腕時計みたいにきれいな青い色で、ぼうけんびよりだ。

 おれはとりあえず運動公園に行って虫を探してみたり、港で魚をながめてみたりした。港に行くまでの道路にも、小さいカニがいっぱいいた。いろんなものを見つけるのは楽しかったけど、いつもみたいに「バッタおった!」とか話すひとがいないのは、ちょっとつまらなかった。でも、せっかくのおさんぽなのに、このまま帰るのはもっとつまらない。だからおれは『えい』に行くことにした。『えい』は港からすぐそこの建物だ。そこには、背の高い、カレーの絵が描かれたくつをよくはいているお兄さんがいる。いつもみたいに遊んでもらおう。
 でも、いざ『えい』にたどりついたら、そのお兄さんはどこかに行っているみたいだった。かわりに、お兄さんがいつもいるところのお隣のドアが開いていた。
 そのドアの向こうには、メガネをかけたぼうずの人と、茶色い目の人がいた。ドアの近くにいた茶色い目のお姉さんが先におれに気付いた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
 その声でぼうずのお兄さんもおれに気付いて、カウンターの向こうから「いらっしゃいませ」と笑った。そういえば、最近このへんに引っ越してきた人が『えい』でカフェをやっているとお父さんが教えてくれたのを思い出した。おれはお金を持ってきてなかったけど、ほかにお客さんもいなかったし、この人たちに遊んでもらおうと思って、いちばん大きなテーブルに座った。最初は、このへんに住んでるの?とか、何年生?とか、そういうはなしをした。はなしをする時間があるってことは、きっと遊ぶ時間もあるんだと思う。
「なあかくれんぼしよ」
「えー、ここ隠れられる場所あるかなあ」
「階段の下の、裏がわのとこまで使っていいことにしよ」
 お姉さんはちょっと悩んでから「すいません、ちょっと仕込みお任せします」とお兄さんに伝えた。
「じゃあどっちが先に鬼やる?」
 そうしておれたちはかくれんぼを始めた。
「もーいいかい」
「もういいよ」
 鬼を交代しながら8回くらいかくれんぼをしたけど、1回だけ、どこにいるのか全然見つけられないときがあって悔しかった。悔しかったけど、そのぶん見つけたときは嬉しかった。お姉さんは「見つかっちゃったー」と笑っていた。

「次なにする?」
「えー、どうしようね」
 かくれんぼのあとはグリコをしたけど、それも終わって、次は何して遊ぼうかと考える。とりあえず、お兄さんがくれたりんごジュースを飲んでひと休みをした。そのとき、テーブルの上にあった写真つきの本に気付いて、おれはなんとなくそのページをめくった。
「あれ、これ港にあるやつや」
 そこには、ここの港にある銀色のドラゴンがいた。でもその写真のドラゴンは、つのが白かった。
「ここ色違う」
「あー、まだ作ってる途中の写真だね。いま何色だっけ」
「港のは黒い」
 たしかめに行こ、とお姉さんを誘う。でもそのときお客さんが来たから、お姉さんは「ちょっと待ってね」とカウンターの向こうに行ってしまった。だからおれは、ひとりでそのドラゴンを見に行くことにした。だって、そうだ、もともと、ひとりでおさんぽしてたんだし。

 港のドラゴンのところにたどり着いてその姿を見上げると、やっぱり、体は銀色で、つのは黒かった。太陽の光がきらきら反射していてちょっとまぶしかったけど、かっこいい。
 お姉さんにも報告しよう、と思って、港から戻ると、いつの間にかお父さんが来ていた。「うちの小さいのがお世話になったみたいで」とお兄さんたちに言っている。
「昼になっても帰らんから母さんが心配しとったよ」
 お父さんにそう言われておれは、もうお昼だったことにびっくりした。そういえば、ずっと腕時計をつけていたのに、一度もその時間を見ていなかった。おうちを出たのはまだ10時くらいだったのに。
「またおいでね」
「うん」
 おれはお父さんの横で、ばいばい、と手を振る。
 お父さんと一緒にカフェを出て、階段をおりてからもう一度だけ『えい』を振り返ると『ままごと』と書かれた旗が風に揺れていた。

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