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息が吸える場所

生きていくためには、
息が吸える場所が必要だと思います。



螺旋の日常で


息が吸える場所といっても、それは二酸化炭素とか窒素とか、物理的に呼吸がしやすいとかそういった話じゃなくて。

自分の肩の荷を下ろして、
楽に呼吸をして、楽に息を吸える場所が必要だということです。



私は時々、人生が螺旋のように思える時があります。

朝起きて支度をして、電車に乗って会社に行って。

頑張って仕事して、夜遅くに帰ってきて、
1日を終えてベッドに入って、

また朝が来て。


それを5日間繰り返して、後は2日休んで。
またそれが始まって…というのが、
私には、ただただ長い螺旋にしか思えなくなる時があります。


大人だって高校生だってそんな生活をしてるだろうし、

大学生だって授業の頻度は少ないかもしれないけど、自分の研究を頑張らなきゃいけなかったり、バイトを頑張らなきゃいけなかったり。



みんなそれぞれの段階で、それぞれ辛いものを背負って生きていかなければいけない。



そんな息が詰まる生活の中では、
無意識的にリラックスできる場所が必要です。

例えば 近所のカフェとか、本がたくさん並んでる書店とか。

場所でなくても、家族と一緒に過ごす時間、パートナーの隣にいる時間。

自分の好きなものに触れて、趣味を楽しむ時間もいい。


もっというと、息を吸える場所が思い出の中でもいいと思う。

楽しかった時を思い出して呼吸が楽にできるのであれば、それでいいと思います。

無理に、今できることの中で呼吸ができる場所を探さなくても、
思い出の中で生きられるのであればそれでいい。

そんな思い出があること自体、素晴らしいことだと思うから。


その場所はラジオ


私の場合は、ラジオがその役目を果たしてくれています。

最近たびたび記事に書く、パンサー向井さんのラジオです。

私が向井さんのラジオに出会ったのは、人生で1、2を争うくらい辛い時期で。

(当時の詳しい話はこちらから↓)



自分のことが分からなくなり、周りの人のことがわからなくなり、

家にいたって外に出たって
友達と会っていても、
近所に買い物に行く道のりですら、つらかった。


その時期はちょうど冬の始まりだったから、道を歩いて、曇っている空を見上げるだけで苦しくなりました。

自分の息が詰まるような心地がずっと纏わりついていました。


その時に出会ったのが、向井さんのラジオ。

選ぶエピソードから、それを伝える言葉まで、いろんなものが自分の心の中に染み込んでいきました。

初めて自分以外の人に大きな共感を感じ、
自信のない私に小さな勇気をくれる考え方を教わりました。

その共感と勇気が私を救ってくれました。



その場所は今も


今だってそう。
働き始めてから自分の思い通りに行かないことの方が圧倒的に多くて。

そのたびに落ち込んで、悲しさと不甲斐なさをおんぶしたまま帰ってきます。


その時でも向井さんの過去の話を思い出したり、あとは最新回を聞いてみたり。

自分が仕事の中で気持ちで負けていた時とか、「自分なんて」って気持ちが先行してどうにもこうにも上手くできなかった時には、

「そういえば向井さんも“おこがましい”と戦っているトークしてたな」と思い出したり。

そんなこと一つに、少しだけ肩の荷を下ろして、いつもより多く空気を吸える時があります。


それだけで私は少し楽になれる時がある。


あの時も今だって、
そうやって少しでも多く空気を吸いこめる場所があるから、
楽に息が吸える場所があるから、
生きていられるんだと思っています。



呼吸は浅いから


ちなみに、この“息を吸う”というのは、高校時代の恩師が教えてくれたことと関係しています。


私が受験でうまくいかず悩んでいた時に、先生は私にこう言ってくれました。

「苦しい時は、自分が思っている以上に呼吸が浅くなっているから、
一度落ち着いて深呼吸してみた方がいい。

そうすると思っているより息が吸えて、少しは楽になるから」と。


そんな言葉を今でもふと、思い出します。


苦しい時はちゃんと息を吸うこと。
そして、楽に呼吸が出来る場所を見つけること。

それで、このどうしようもない螺旋の中を少しでも前を向いて歩けるように、今日も明日も頑張ります。


皆さんにもどうか、
楽に息を吸える場所がありますように。


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