バレエ「リラの園」から覗くチューダー作品の魅力【鑑賞レポ】

 ベスト・オブ・アメリカン・バレエ・シアターによる1985年公演の作品「リラの園」を鑑賞した。
 振付はアントニー・チューダー、キャロライン役でレスリー・ブラウン、彼女の愛人役にロバート・ラフォス、婚約者の過去の愛人役にマーティン・バン・ハメルが出演している。


 心理学バレエと称されることの多い作風のアントニー・チューダーであるが、今作からもシンプルながらに豊かに感情を運ぶ振りや仕草、控えめで自然なマイム表現等から複雑で重層的な人間心理を読み取ることができた。

 この演目においてのチューダーの振付は特に、腕が脱力した状態での回転や、殆どプレパレーションの無い動きが多く見受けられる。これらは落ち着いたボリュームのロングドレスが描く縦のラインをより美しくみせるとともに、物語が持つ世界観や主人公の心情をよく表現している。
 また、そういった表現が押しつけがましくない点もこの作品のもつ魅力のひとつであると感じた。

 舞台美術は夜の森のような背景と、そこに浮かぶ大きく色濃い満月が印象的である。夜を表現するための藍色のライトの中にうっすらとオレンジ色のライトも差し込まれており、月明かりの質感がよりリアルに伝わってくる。
 
 欠けた月ではなく、あえて強い輝きに満ちた満月を描くことで夜闇の深さを一層際立てており、また登場人物たちのどこか満たされず、理不尽な悲しみに満ちているこの物語のシーンにおいて対照的なモティーフになっていると感じた。

 衣装の観点においても、主人公のキャロラインが着ている白色のドレスの他に深緑色、水色、青色など寒色でまとめられ、画全体を通し視覚からも悲しみややるせなさといった感情が伝わるデザインとなっている。

 強いられた結婚、恋人との別れ、それを悲しむことすら許されない現実の非情さや理不尽さといった強いメッセージが、美しい旋律としなやかな踊りによって厳粛に語られるこの作品は、派手さや一瞥して目に留まるような類の華やかさとは種類が違うものの、自然に流れていく細やかな仕掛けによって美しく、そして切実に観客に訴えかけてくる作品であると感じた。

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