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家族ってなに?

2020/04/11土曜日です。

少し肌寒いけど、昼間から長男と主人と3人で自宅の庭でバーベキューをしています。

こんな時いつも思うのが、家族って本当にいいなぁ〜ってこと。

我が家のバーベキューは夫と息子たちが火を起こし、肉を焼き、外の準備から片付けまでやるって決まっているから、私はとても楽なんです笑

これから本格的に暖かくなってきたら頻繁にお庭バーベキューをしたいと思います🎵


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私にとっての家族って今は夫と息子たち。


でも、その前はもちろん実母と実父と弟と妹が私の家族だった。

でも、家族って何?

私はどうしてこの家族なの?

私の生まれた意味は何?

っていつも思っていた。


それはなぜ?

家族になるのに理由はないはずなのに、私はいつも家族になったことに対して理由を求めていた。

その理由が分かったのが今から15年間ほど前の経営者向けの研修でのこと。


暗い会場の中、受講者全員が床に寝転び目を閉じてリラックスした状態の中、講師が淡々と話す声を聞いていた。



皆さんの時間を遡ります。

と講師は始めた。

中学生くらいのあなたはその頃何を思いながらどう過ごしていたのでしょう?

浮かんだ言葉は 普通。とくに印象に残らない中学校時代だった。

小学校4年生くらいのあなたは?

いじめられていた。

その頃に何かあったのかと思ったけど、なにも感じなかった。

どうやらそこでもないらしい。

5歳、保育園や幼稚園の頃のあなたは?

突然フラッシュバックする様に私はその頃の私に戻っていった!

まるでさっき体験したことのようにクリアな映像が見えた。


保育園の時の私。

給食の時の事。

丸テーブルで数人で食べる給食。

楽しくみんなで食べて終わり、片付けしていた時、私の足元におかずがひとかけら落ちていた。

先生「ゆかりちゃんが落としたの?」

私 「多分そうかな?」

はっきり私が落としたかどうかわからなかったなど、そうかもしれないと曖昧な返事をして片付けた。


2回目あった時には

私じゃないと答えた。

そうしたら、その日家で母に

明日は気をつけて食べなさい。と言われた。

先生から私が落としたことを認めないと報告があったんだろう。

私はわかったと答えた。

そして、次の日はおかずの数を数えながら丁寧に食べた。

が、足元におかずが落ちていた…

当然先生は私に聞く。

「ゆかりちゃん落としたの?」

私は当然こう答える。

「私じゃない!だって数えながら食べたもん!」

でも私の主張は認められず、私は昼休みに一人室内に立たされることとなった。

そのあと母が保育園に呼ばれたらしく、先生と3人か4人で話をした。

先生が私に聞いた。

「ゆかりちゃんが落としたの?」と。

私は、「落としてません!私じゃない!」と首を横に振った。

母はそんな私のことをかばってはくれなかった。というか、母はなにも言わなかったと思う。


そのあとも何回か立たされた。

そして、ある時私の心の中にある思いと決断が浮かんだ。


40歳の私の脳裏に、そのときのことが映画の映像のようにはっきり、くっきりと目の前に見えてきた。



その日の昼休み。

私は室内の薄暗い部屋の隅に立たされていた。

外はとてもいいお天気で、青空の下友人たちが楽しそうにキャッ、キャッと外で遊んでいる。

室内では先生たちがお昼寝の布団をさっさと敷いている。

誰も私のことを見ることもなく、声をかけることもなかった。

その時私は決めた!

私がいくらしてないって言っても大人は誰も信じてくれない!

母ちゃんも先生も聞いてくれない!

聞いてもらうには良い子なるしかない。

良い子とは私みたいな子じゃない子のこと。

じゃあ、私は自分のことを言わない子になろう。

と、決めた。

その日から私は言いたいことがあっても言わない子になった。

その頃から私の中に生まれたのが

私は何のために生まれたの?

私の家族はなぜこの人たちなの?

だった。


そんな疑問が解決したのが高校卒業後に行ったアメリカ留学の時だった。

私は生きていていいんだ!

と思わせてくれたのだ。



私は息子たちが良い大人に育ってくれたことにとても感謝している。

そして、心から10年前に亡くなった母に感謝している。

保育園のときのあの出来事以降私は母の事を信用しなくなったが、今は感謝している。

またその出来事は後日。

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実はラジオ放送局を持っていて、ラジオ番組も持っています🎵

そのことも書こうと思います。


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