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蝉占い


地下鉄の車両を降りホームを辿り改札を出て
薄暗い地下道を当てもなく揺れながら歩いていた
しだいに息苦しくなり
地上への階段を手摺りにつかまりながら登っていると
中学生くらいの男女が踊り場の壁にもたれて抱き合っていた

女の背中越しに目の合った男があどけない顔ではにかんだので
わけもなく嬉しくなってしまって
すれ違いざまに柄にもなく幸せということばが浮かぶ
と 突然左右の鼓膜が捻られたように痛み思わず両手をついた
手摺りをつかみ損ねた掌から蝉の幼虫の抜け殻が粉々になってこぼれ落ちる

朝方に部屋を出てはみたものの約束を果たせずに
今日もまた一日中公園のベンチに腰掛けていた
蝉の幼虫の抜け殻を掌でもてあそびながら
この足下の舗装路の下
ついに地上に出ることが叶わなかった蝉の幼虫の死骸のことを思い浮かべていた

男女が立ち去った後の踊り場には西日が差しこんできて
もともと行く当てなんかなかったのだ
さっきまで幼虫の抜け殻だったひとかけらを
人差し指で弾きながら
外に出るのか出ないのか
いったいどちらが幸せなのかを決めあぐねている

(2004年9月)

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