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[詩 現代詩 ことば]

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2020年7月の記事一覧

冷めていく

まるで別の生き物みたいに 右足の親指に絡み付く あなたの小さな唇 口角から滴る体液のようなつばき 足裏をくすぐるまつげの触角 あなたのうなじの深さを味わおうと 赤い舌を泳がしたところで ただもう 湿る順から 冷たくなって剥がれていく 窓の外では熟れた糸瓜が 残された陽の熱に汗ばんでいる (1993年頃 夏)

慈雨

たった一言あればいい 思いがけず手に入れてしまったものの重さに 引き離されてしまう小さな右手と左手のために ただ一言あればいい 夕陽に染められた路上 薄く引き伸ばされた一枚の仔猫に目をみはり 夜毎一人のベッドの中で はかなく揺れる幼い瞼を閉じさせるには 一言があればいいのだ 言葉はいらない それは責めてしまう 差し伸べるのでなく包むための手 手 あればいい (2003年頃)

溶けていけるか

腕の中で眠るあなたの横顔を いつまでも眺めている いつかという約束の言葉が ただの戯言の一つに過ぎないと知りながら 砂時計の軽薄に ふたたび二人は抱きあいながら ふたつの闇を奪いあい交換しあう このまま溶け落ちてしまえばいいと そう信じあうよりも早く 月光刺すカーテンを跳ね除け ベッドに滑り込むもう一つの闇 ふいに鎖骨を舐め比べるのだ  まるで二人が 溶けていけるか試すように (2003年頃)

そこにいる

底なし沼です 抑揚のない声が繰り返し耳に届くと 静かに仰向けの姿勢で沈んでいく またやりなおし 両腕を頭の上に伸ばして 大きく左右に振り下ろす これが再生のための動作で これまで何度も人生をやり直してきた はずなのに 背中が底に着いてしまった 乾いた風の音が耳に流れてきて 身動きひとつできなくなる なんだ ついに死ぬことも叶わなくなったかと 絶命するほど絶望していたら なんだかどうも夢から覚めた お腹の上にテレビのリモコン そんな気遣いをする相手もいないのに 寝しなにいつ