【人相学】『武者鑑』左衛門局／中納言藤房／菊池入道寂阿／寂阿妻

出典：国立国会図書館デジタルコレクション『武者鑑 一名人相合 南伝二』

左衛門局さゑもんのつぼね
局つぼねは、後醍醐ごだいご天皇てんわうの 中宮ちうぐうに 仕つかへ申せし 官女くわんぢよ なり。藤房ふぢふさ卿けうと 馴染なれそめて 深ふかくかたらひしに、元弘げんこうの乱みだれに是非ぜひなく、藤房ふづふさ卿けうは 帝ていの 供奉ぐぶして 笠置かさぎへ 趣おもむき 給ふ 故ゆへに、軍兵ぐんびやうら 御所ごしよに 打うち入いりて、局つぼねの 容色ようしよく 勝すぐれしを 愛めでて 是これにせまる。局つぼねは、是これをすかしなだめ、夜よにいらば 隨したがひ 参まゐらせんとて、其その ひまに 忍しのび 出いでて、大井おほゐ川がはへ 身みを 投なげて 果はてられし。哀あはれ むざんの事ことどもなり。

其その 以前いぜん、藤房ふぢふさ、局つぼねの 準頭はなさきに 白色はくしよくの 侵おかすを見みて、是これ 水難すいなんの 相さうなり。能々よく／＼ 慎つゝしみ給へとありしが、此この 㕝ことを 聞きいて、昨日きのふ今日けふとも 思おもはざりしにといたく 嘆なげかれしとかや。

中納言ちうなごん 藤房ふぢふさ
藤房ふぢふさは、南帝なんていの 寵臣てうしんなり。知恵ちゑ 万人まんにんに 勝すぐれ、又また、和漢わかんの書しよに 通つうじて、博識はくしき 並ならぶ 者ものなし。

帝てい 准后じゆんごうに 御 心こゝろを 蕩とうじて、政事まつりごとの 正たゞしからざるを 歎なげき、諫奏かんそうなすといへど、御おん用もちひなく、又また、宰相さいしやうの 讒言ざんげんあれば、世よをはかなみ、建武けんむ二年 遁世とんせいして、行衛ゆくゑしれずといふ。一説せつに 仙人せんにんとなりしとふ。

左さも 有あるべき欤か。面おもての 皮かは 滑なめらか にして 澤うるほひ、眉まゆ頭がしらに 黒子ほくろありて、額ひたいに 三つの横紋よこもんつらぬき、眼神がんじん 清きよく、骨格こつかく 秀ひいてで、異路ゐろに 通つうずる 相さうありしといへり。

※ 「 准后じゆんごう」は、准三后じゅさんごうの略。准三宮じゅんさんぐう（太皇太后・皇太后・皇后の三宮に准ずる待遇を与えられた人）のこと。
※ 「諫奏かんそう」は、天皇や君主に忠言を申し上げること。
※ 「讒言ざんげん」は、悪口のこと。
※ 「遁世とんせい」は、隠棲いんせいして世間の煩わしさから離れること。
※ 「行衛ゆくゑ」は、行方ゆくえ。
※ 「眼神がんじん」は、目つきのこと。

菊池きくち入道にふだう寂阿じゆくあ
寂阿ぢやくあは、二郎 武時たけときとて、鎮西ちんぜいに 名なを 軣とゞろかせし 勇将ゆうしやうなりけるが、北条ほうでう高塒たかときの 不道ふだうを 怒いかつて、小貮せうに入道にふだう、大友おほとも入道にふだうらと 三家さんけ一味いちみなして、舩上ふながみの 御所ごしよへ 御味方みかたせんとて、先まづ 探題たんだい英時ひでときを 討うたんとす。英時ひでとき 早はやく 是これを 知しる 故ゆへに、寂阿じやくあ 逆寄さかよせをなすに、小貮せうに、大友おほとも、心こゝろを 変へんじて、後巻うしろまきをして 攻せむる。寂阿じやくあ 大おほいに 怒いかり、子息しそくを 國くにへ 返かへし、英時ひでときの 舘たちに 攻せめ入いりて 一足いつそくも 引ひかずして 討死うちじになす。時ときに 四十二才さいなり。

寂阿じやくあ、此この 以前いぜん、掌たなそこ の 乾宮かんきうに 筋すじ起おこりて、食指しよくし・中指ちうしの 間あひだに 入いりしが、是これ 俗ぞくに 弓箭きうせん筋すぢとて、男をとこは 兵刀ひようたうに 死しすの 相さうといふ。

※ 「菊池きくち入道にふだう寂阿じゆくあ」は、菊池きくち武時たけとき。寂阿は法名。
※ 「小貮せうに入道にふだう」は、少弐しょうに貞経さだつね。
※ 「大友おほとも入道にふだう」は、大友おおとも貞宗さだむね。
※ 「 探題たんだい英時ひでとき」は、鎮西ちんぜい探題たんだいであった北条英時のこと。
※ 「逆寄さかよせ」は、攻めて来た敵に向かって、逆にこちらから攻め寄せること。
※ 「後巻うしろまき」は、 味方を攻める敵を、さらにその背後から取り巻くこと。
※ 「乾宮かんきう」は、手相において、手のひらの小指側の手首に近い部分のこと。乾宮けんきゅう。
※ 「掌たなそこ」のふりがな「たなそこ」は、手底たなそこ。手のひらのこと。
※ 「食指しよくし」は、人差し指のこと。
※ 「弓箭きうせん筋すぢ」は、手相のひとつで、人差し指と中指の間にはいっている筋のこと。

寂阿妻じやくあのつま
寂阿じやくあの 妻つまは、其その 心こゝろ 雄々をゝしく、巴ともへ板額はんがく にも 劣おとらぬ 勇婦ゆうふにして、又また、心こゝろざま 優やさしく、能よく 哥うたを 詠よめり。而しかも、義氣ぎぎ 十分じうぶん 有ありて、良人おつと 寂阿じやくあを 勧すゝめて 忠ちうに 死しなし。

嫡子ちやくし、武重たけしげを 能よく 教おしへて、必かならず 二心ふたごゝろ を 抱いだきて、人倫じんりんの 道みちをかくべからずと、呉々くれ／＼も 戒いましめ  置おきて、其その 身みは 夫おつとの 跡あとを 慕したひて、自害じがいして 死しす。寔まことに、尋常じんじやうの 人ひとの 及およばぬ 所ところなりと、中村なかむら氏うぢの 姫ひめ鑑かゞみにも 載のせられたり。

此この 室しつ、乳頭ちゝがしらに 黒子ほくろありしが、是これ 貴子きしを 産うむの 相さうといへり。寔まことなる哉かな、肥後守ひごのかみ 武重たけしげは、父祖ふそに 超こへて 官禄くわんろくすゝみ、しかも 勇名ゆうめいを 万代ばんだいに 揚あげたり。

※ 「巴ともへ板額はんがく」は、板額はんがく御前ごぜんのこと。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての女武将で、巴ともえ 御前ごぜんと並び女傑の代名詞として語られたそうです。

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