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芋喰僧正魚説法

出典:国文学研究資料館国書データベース『芋喰僧正魚説法

芋喰いもくい  僧正そうじやう  うを説法せつぽう

塡詞てんし
此  入道の漢名を 絡蹄らくてい といひ、形客かたちをさして海藤花かいとうげとなふ花洛みやこにては、十六夜鮹じゆうやだこ。又、かい和尚おしやうともいふといへり。然るに、当時、人界にんかいもて  はゆさる 事ときくものから許夛あまた魚類うろくずこれをうらやみ、龍宮城りうくうじやう集会あつまりて、蛸魚たこに むかひ て、ゆへとふ

※ 「塡詞」は、中国の韻文の形式のひとつ。楽譜に合わせて作る歌曲。
※ 「海藤花かいとうげ」は、真蛸の卵のこと。
※ 「花洛みやこ」は、京都のこと。花洛からく
※ 「魚類うろくず」の読み「うろくず」はうろくず。魚のこと。または、魚のうろこのこと。

入道、れいくちを  とがらせ、かれ等に こたへ て説るやう。善哉ぜんざい/\、我は乍麼そも 薬師如来の化身けしんにして、圓頂ゑんてう赤衣しやくえは  即身そくしん即佛そくぶつ八足はちそく八葉はちえう蓮華れんげをかたどり、八巧はつく徳水とくすい自在じざいぎやうとす。

※ 「かれ」は、かれ。三人称の人代名詞。
※ 「善哉ぜんざい」は、よきかな。ほめる言葉。
※ 「圓頂ゑんてう」は、ここでは剃髪して頭をまるめること。頭をまるめた僧形の人。円頂えんちょう
※ 「赤衣しやくえ」は、赤色の衣服。
※ 「即身そくしん即佛そくぶつ」は、現世の体そのままが仏であること。
※ 「八葉はちえう蓮華れんげ」は、花弁が八葉ある蓮華のこと。真言密教などでは「胎蔵界曼荼羅」の中央にこれを置き、真中に大日如来、八葉に四人の仏陀と四人の菩薩を配置して描かれます。
※ 「八巧はつく徳水とくすい」は、極楽浄土などにあって、甘く、冷たく、清浄で、心身を養う八つの功徳を持つといわれる水のこと。八功はっく徳水どくすい

智力ちりきあけなば、但馬たじま大蛸おおたこ 松に まとひ し 巴蛇うはばみぐる蒼海うみひきしほ調理ちやうりはらにほふむり、万葉集の妹許いもがりも芋をほるとの雅言みやひことはた 近来ちかごろ の童謡うたにも  たこ因縁いんえん むくひ きて おてらがならて  と うたひ しは、欲をはなれさとりにして足袋たびそく入費いりめいとはぬ。

※ 「巴蛇うはばみ」は、大蛇のこと。
※ 「妹許いもがり」は、妻や恋人の住んでいる所のこと。
※ 「雅言みやひこと」は、上品で優雅な言葉のこと。
※ 「はた」は、それとも、または、あるいは という選択の意を表す言葉。
※ 「入費いりめ」は、出費のこと。入目いりめ

珎宝ちんばう休位きうゐ  清浄しやうじやう  無垢むく しかはあれども、折々をり/\浮気うはきなみのりがきて、うまれながらにいな身と、我から身をくひ足をくふ。破戒はかいつみをかせしゆへ、此程このほど市場いちば辻街つぢ/\に身を起臥をきふしうきつとめ、火宅かたくかまにゆであけられ。煮られてくはるゝ墮獄だごく苛責かしやく、必ずうらやむことなかれ、と。

※ 「珎宝ちんばう」は、珍しい宝物のこと。珍宝ちんぽう
※ 「清浄しやうじやう無垢むく」は、清らかでけがれのないこと。清浄せいじょう無垢むく
※ 「破戒はかいつみ」は、一度受戒した者が戒の禁止条項を守らず、破ること。
※ 「起臥をきふし」は、起きたり寝たりすること。生活すること。起臥きが
※ 「火宅かたく」は、煩悩ぼんのうや苦しみに悩まされて安らかにできないこと。
※ 「墮獄だごく」は、現世の犯した悪業によって地獄に落ちること。

床を たゝひ てさとせしは、に 百日の説法せうはうも 芋の放屁ほうひにきゆるといへる。電光でんくわう 朝露ちゆうろのおふみさま、あら/\ゆでたこあなかしこ/\。

作者卯割 二代の蘗 忍川市隠 岳亭春信戯誌

※ 「百日の説法せうはうも 芋の放屁ほうひにきゆる」は、「百日の説法屁一つ」になぞらえたもの。ありがたい説教も、不用意にもらした屁一つで台無しになる。長い間の苦労が、わずかな失敗で無駄になってしまうという意味。
※ 「電光でんくわう 朝露ちゆうろ」は、はかなく消えやすいという意味。
※ 「あなかしこ」は、たこのいぼの穴 と あなかしこ を掛けた洒落になっているのだろうと思います。 あなかしこは、あな(感動詞)+かしこ(かしこし)。
※ 「岳亭がくてい 春信はるのぶ」は、江戸時代の浮世絵師、戯作者。魚屋北渓と葛飾北斎の門人。

天蓋を身の袈裟ころも
八葉の蓮華に座せる蛸の入道

みなそこに こそりてありか 鯛ひらめ
すくひ給へや 南無あみの目に

假名垣 魯文

※ 「天蓋てんがい」は、ここではたこのこと。
※ 「袈裟けさ」は、僧が着用する衣のこと。
※ 「みなそこに」は、水底みなそこに と みなそこに の掛詞になっています。
※ 「こそりて」は、こぞりて。誰もかれもという意味。こぞりて。
※ 「すくひ給へ」は、救い給へ と 掬い給へ の掛詞になっています。
※ 「あみ」は、阿弥 と 網 の掛詞になっています。
※ 「假名垣かながき 魯文ろぶん」は、江戸末期から明治初頭にかけての戯作者。仮名垣魯文。

ふぐ
おとひめ
めばる
あんかう(あんこう)
いなせ(ぼら)
人魚 なまづ



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