【美人画】難有御代ノ賀界絵
夢ばかりなること 詠ぜし
春の夜のいとみじかく
手枕のうたゝ寝もふけゆく
鐘におどろかされ ありあけの
ともし火を かきたるひかりに
きらめきたる
うるはしきおもかげ
寝みだれ髪の 顔にかゝるは ほころびかゝる
さくら ● に 玉柳の風になびくかと うたがわれぬ
実にや 柳桜 をこきまぜてと いゝけん
都 ぞ 春のにしきのふすまに まつわれて
又 いかなるゆめをや 結ぶらん
アゝ いかならん いかならむと
小倉■八重成がいふ [■は舎+皮]
※ いくつかの和歌をモチーフにしていると思われます。
春の夜の 夢ばかりなる 手枕に
かひなく立たむ名こそをしけれ
周防内侍(小倉百人一首)
佐保姫の うちたれ髪の 玉柳
たゞ春風のけづるなりけり
前中納言匡房(玉葉和歌集)
見わたせば 柳桜をこきまぜて
都ぞ春の 錦なりける
素性法師(古今和歌集)
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いにしへの 道歌 に
人ごゝろ まろく 四角に
やわらかにをる
いふめるごとく
やわらかきは 女のつねなり
丸ひところは あだめいたれど
角あんどうの ひとかどに
みさをゝ持し 麗人のおもかげ
すいなるかな あだなるゝの事
小倉■八重成
※ 「いにしへの道歌」は、一休禅師の「丸くとも一角あれや人心 あまり丸きは転びやすきに」という歌のことと思われます。坂本龍馬が好んだ言葉のひとつだそうです。
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春雨の しめやかなる夜
ともし火をかゝげ 品さだめてふ事をおもふに
二のまちの 女 は 画きし美人におとり
誠 の美人は 画きしにまさりはべり
そはおもかげは うつしうるといへども
匂ひなしと 昔の人はいふめれど
世ゝの 絵だくみは いざ知らず
今や 絵づかさの 氏神とも云べき
香蝶樓の名筆
おのづから物いふごとく
蘭麝のかほりあるごとし
さればこそ
安西雲煙が 書画談にも 菱川等の美談の条りに
今 江戸に国貞ありと称したり
実に古今の希者なりかし
小倉■八重成
※ 「二のまち」は、二の町。二流どころのこと。
※ 「香蝶樓」は、歌川国貞。のちの三代目歌川豊国。文政十年から嘉永元年にかけて香蝶楼を名乗りました。ここでは「国貞」を「とよくに」と読ませています。
※ 「蘭麝」は、東大寺正倉院に収蔵されている香木で、天下第一の名香と謳われます。
※ 「安西雲煙」は、江戸時代後期の書画鑑定家。いくつかの著作を国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができます。『近世名家書画談(天保元-嘉永5)』『近世名家書画談(明25.12)』『鑒禪畫適』『笑戯雑談』
※ 「条り」は、条理。物事のすじみち、または、すじみちを立てて整理すること。
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月は 望月をのみ 見ん物かわ
宵やみの 待かねしに
ほどよき頃 さと きらめき
出たるぞ ことに 興ふかゝり
雲の袖に なかばかくして
障子ごし さし 覗 たる
月の丸顔
豊国門人 国盛
※ 「宵やみ」は、陰暦十六日から二十日ごろまでの、月の出が遅い時期の宵の暗さのこと。
※ 「雲の袖になかばかくして障子ごしさし 覗 たる月の丸顔」は、障子越しに、彼女が見る月(雲に隠れた月が丸顔をのぞかせる)と、月から見た彼女(袖になかば隠した乙女小の顔)のふたつの意味が掛けられていると思います。
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世の憂さを 花にわすれて
またひとつ 苦労もとめし
あすの 山風
そのなきうちに ながめばやと
あすの花見の さそひ文ひらく
笑顔の 愛● は
桜 より なをうつくしく
やよひの空と もろともに
花に 心もうきたつ色
アゝ 今宵は ろくに 寝られまいと
いらざる事を 思ふものは
小倉■八重成
筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
新しく解読できた文字、誤字・誤読、読み解きの違いなどに気がついたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖