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『かなめ石』上巻 十 光り物のとびたる事

寛文二年五月一日(1662年6月16日)に近畿地方北部で起きた地震「寛文近江・若狭地震」の様子を記したものです。著者は仮名草子作者の浅井あさい了意りょうい。地震発生直後から余震や避難先での様子など、京都市中の人々の姿が細かく記されています。〔全十章〕

十章では、空飛ぶ光る物体の目撃情報が伝えられています。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

十 ひかり物のとびたる事

五月二日になりても、いよ/\ なゐはゆりにゆりて、大びやうをうけて久しくわづらふもの、ちかきころ産後さんごの女房などは、をとりあげこゝろをうしなふて、むなしくなるもの洛中に数をしらず。町屋の家ゝをあけて、小屋こもりせしをうかゞひ、ぬす人いりて物をとりにげはしる。のがすまじとておつかけ、うちふせ、ふみたをし、さう/\しさはかぎりもなし。

※ 「なゐ」は、地震のこと。
※ 「さう/\しさ」は、騒々しさ。

その日もくれて三日になれども、いまだゆりやまず。

かゝる所に、西山のかたよりひかり物とび出て、ひえの山の峯をさしてゆく事さしもはやからず。その大さ貝桶ほどにてあかき事 火のごとし。しづかにとびて山にかくれたり。諸人このよしを見て「いかさま只事にあらず、世の中めつして●だねあるまじ」などいひのゝしる。

三井寺のあたりにて、諸人の見たるも只おなじやうに侍べりし。

京のてら町三条のわたりよりみなみをさして火の玉のとびけるも、そのかたちはひさごのごとくしりほそく、色あをくとびゆくあとより火の [火+更] のごとく火のちりける。これぞ 天火てんぴといふものなる。

※ 「ひえの山」は、比叡山ひえのやま
※ 「貝桶」は、貝合わせの貝殻を入れるふた付きの桶のこと。
※ 「いかさま」は、いかにも、なるほどの意味。
※ 「世の中めつして」は、世の中めっして。
※ 「ひさご」は、瓢箪ひょうたんを乾燥させて作った容器のこと。
※ 「色あをくとびゆくあとより」は、色青く飛び行く後より。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

此のうへに京中大火事くはじゆきて一めんやきほろぶべしといひいだしけるほどに、身上しんじやうよろしき人は 土蔵どざうたて財寶ざいほういるれば、たとひ家こそやくるとも財寶ざいほう道具だうぐはことゆへあるまじと 日比ひごろたのみ思ひけるに、洛中らくちうくらどもは 大かたくづれたをれ、其ほかは戸前とまへ かたぶき、軒ゆがみ、かべわれはなれ、つちこぼれおちたれば、火事ありとても、いれをくべきやうもなく、資財しざい雑具ざうぐ人家じんかをはなれし寺ゝてら/\ 社ゝやしろ/\はこびあづくる有さま、東西とうざい南北なんぼくせき合たり。

せめてあづくる所縁しょえんなきものは、かたにになひせなかおふて、小屋がけの中にはこびいれてつみをきけるも おびたゞし。みだりがはしき 洛中らくちうのさうどう、地しんにとりまぜて一かたならぬさはぎなり。

※ 「ことゆへ」は、事故ことゆゑ。さしさわりのある事。
※ 「はこびいれてつみをきける」は、運び入れて積み置きける。
※ 「みだりがはしき」は、みだりがはしき。乱雑であること。
※ 「さうどう」は、騒動そうどう
※ 「一かたならぬさはぎ」は、一方ひとかたならぬ騒ぎ。



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