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『かなめ石』下巻 四 なゆといふ事 付 東坡の詩の事

寛文二年五月一日(1662年6月16日)に近畿地方北部で起きた地震「寛文近江・若狭地震」の様子を記したものです。著者は仮名草子作者の浅井あさい了意りょうい。上巻では、地震発生直後から余震や避難先での様子など、京都市中の人々の姿が細かく記されています。マガジンはこちら→【 艱難目異志(かなめ石)

下巻四章では、地震のことを「なゆ」「なゐ」という由来と地震をしずめている「かなめ石」のことが記されています。

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四 なゆといふ事 付 東坡とうばの事

ある人尋ねけるは
「地しんを『なゆ』といひならはし、又は『なゐ』ともいふ。いづれがほんぞ」ととひければ、

新房あたらしばうまかり出てこたへけるは
「『やいゆゑよ』は五音のわう相通さうつうなれば、いづれもおなじこゝろ成べし。だう/\となりて地のゆるといふ也。なりゆるゆへに『なゆ』といふ。又、家も草木もなびきてゆる故に『なゆ』と名づく。『なゆのふる』といふもおなじくうごく義也。

※ 「相通さうつう」は、五十音図の縦の行の五音内、もしくは、横の段の十音の内で音が通用すること。「スメラギ」と「スメロギ」、「イヲ」と「ウヲ」など。
※ 「成べし」は、なるべし。

地しんのするも、月によりて吉凶きつけうあり。東坡詩集とうばのししうにみえたりとて、ある人かたられしとてうつしもちたり、これ見給へ」とてよむをきけば

 民衰春火大旱至 たみ をとろへて はるは ひ おほに ひでり いたる
 二五八龍高賤死 二五八は りう たかき いやき しす
 六九一金穀米登 六九一は きんこく べい みのぼる
 七十二帝兵乱起 七と十二は ていひゃうらん おこる

このたびの地しんは、五こくゆたかに民さかゆべきしるし也。

※ 「うつしもちたり」は、うつちたり。
※ 「五こく」は、五穀。

いにしへ聖王せいわう御世みよとても、もろこしわがてうのあひだ天地陰陽いんやうぎぎゃう灾変さいへんなきなにしもあらず。今もつてかくのごとし。さのみにあやしむべきことにあらず。いはんや、四海たいらかにおさまりたる世の中、何かこれほどの事にゆくすゑまでのさとしとしてけしかる事といふべきや。

※ 「聖王せいわう」は、徳のすぐれた君主のこと。
※ 「もろこし」は、唐土もろこし
※ 「四海」は、四方よもの海、世の中のこと。
※ 「けしかる」は、しかる。

俗説ぞくせつに五てい龍王りうわうこの世界せかいをたもち、龍王りうわういかる時は大地ふるふ。鹿嶋かしまの明神、かの五ていりうをしたがへ、尾首をかしらを一所にくゞめて鹿目かなめいしをうちをかせ給ふ。ゆへに、いかばかりゆるとても人間にんげん世界せかいはめつする事なしとて、むかしの人の哥に
  ゆるぐとも よもやぬけじの かなめいし
    かしまの神の あらんかぎりは

この俗哥ぞくかによりて地しんのをしるしつゝ名づけて要石かなめいしといふならし。

※ 「哥」は、歌。
※ 「ならし」は、…であるらしい、…であるよ。



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