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⑮廉

年齢:見た目二十代前半

性別:男よりの中性

所属:旅の薬師

極み:不明(薬)
刀の色:深い緑、妖刀雪姫(白銀+水色)

仲の良い隊員:自陣
因縁のある敵:とある博士

その他
 天空人(龍人)らしい。すごく長生き。すごく言葉足らず。鬼畜天然。計算?リアリスト。美味しい蜂蜜酒(ミード)を持っている。
(@ユエ猫様)


廉さんのお部屋

 おそらく目を開けたら病院だろうと思っていたのに、今目の前に広がっているのは縁側がある和室だ。しかも自分は胡座をかいて座っていて、体感としてはうたた寝から目覚めた時に似ている。
 東の物と西の物が混じった不思議なインテリアの部屋だ。本棚がたくさんあり、どうもこの部屋自体も本棚の上にあるようだった。ポッカリと穴が空いた空間に浮かんでいるようにも見え、大きな井戸の上に部屋があるようだなと思う。

 イグサと漢方薬の匂いが混じる不思議に懐かしい香りがそこはかとなく漂う中、大きい懐中時計の音がカチカチと鳴っていた。
 縁側近くの鞄からは魔法陣が開いていて、緑のような青のような、だが金に光る不思議な髪色の青年がその前で何かをしていた。
 ガサガサと紙の音がした方を見ると見慣れた姿がある。
「ソラ。と君は…ヒカリの方だね」
それで遊んでいて大丈夫なのだろうかと思われる何か貴重そうな古紙と戯れていた二人が、ソラは紙を跳ね飛ばしながら、ヒカリはそっとこちらに来た。
 二人を胡座に抱き上げるとソラの方は腕をよじ登り、肩あたりで器用に落ち着く。それは落ちないように支えると、肩と膝で二人の体温と毛皮を感じながら、鞄の前から動かない背中に声をかけた。
「廉君と言ったかな?ここはどこだろう」
無言の数十秒が過ぎても答えが返って来ない。
「まだダメそうだね。どこかの世界から珍しいものでも持って来たかな」
肩から頭の上に移動したソラが、そこで腹ばいになりながら言う。
「ここは、元の世界ではあるんだよ。でもいろんな世界が不安定に混じり合ってるんだ」
ほら、という場所は床下で、そこでは白や緑や青の光がチカチカしていた。時折ユラリと虹色に暗闇が開く。機械に繋がれた自分の姿が霞んでみえ、また消えた。
「我ながらゾッとするね」
あれとこの自分が同じ人間だとも思えない。
「戻れなくもないけどちょっと苦しそうでしょ?もう少しこっちにいた方が良いかなと思って途中で降ろしたんだよ」
「そういう状態のあなたに試して欲しい薬があったんですがね」
突如カバンの前の背中が話したと思ったら、ソラが頭上から抗議した。
「君が言ってた薬なんか試したら本当に死んじゃうよ!」
見た目あれだけ死にかけの人間が更に死ぬとはどう言うことだと思っていると
「ああ、薬で思い出しました。あなた過去に戻るんですよね」
廉が急にこちらを向き、心なしか輝いた表情でいざり寄って来る。途中で棚の引き出しから何かを出しているなと思ったら薬だったらしく、近くまで来ると錠剤や粉薬をいくつか広げてみせた。何となく体に悪そうな色合いだ。
「上手く混ぜるとかなり気持ち良く死ねると思いますよ」
「…いや、過去に戻るにしても死ぬつもりはないんだけど…」
勢いに圧倒されながら言うと、本気の意外そうな目になったが、パッと笑顔を作ると普通に続けた。
「ええ、もちろん仮死状態です」
 これは死ぬな…。
思いながら頭上に視線をやると、
「薬師としての腕は確かなんだけど…」
とぼそっとソラが言う。
「これらのすごいところは、証拠が残らないということです。今までの例では、すべて自然死として扱われてますね」
やっぱり暗殺系の話なんだなと諦めて聞いていたが、はたと気づいた。
「自然死だと思われると葬られてしまい、生き埋められて本当に死ぬんじゃないかな」
腕は確かだということなので仮死状態にしてくれると信じるにしても、「ついにその時が来たか」とごく自然に受け止められ、特に調べられもせず死亡ということになりかねない。というか多分なる。

 明らかにチッという感じになった廉が「めんどくさいですね」と心の声をこぼしつつ、投げやりに続けた。
「…ではどうすればいいんですか」
「…なんだか悪いね、その、私が死ねなくて?」
明らかに不機嫌なので謝ってみたが、これは謝ることなのだろうかという疑問が語尾に表れてしまった。
「まあ仕方ないですよ」
しかも許してやった感を出されている。

 微妙な空気を割って、ソラが言った。
「本当に死ぬか死なないかは別としても、体と魂を一回切り離さないといけないのは確かなんだ。今ここは、時間移動はできないけど空間移動は自由にできる時空。ここから、空間移動は限られてるけど時間移動は自由にできる時空に連れて行く。平行世界間の移動じゃなくて、その平行世界全てを包み込んでいる次元を超えて移動することになる」
一旦言葉を切り、ソラは続けた。
「別次元に入った瞬間、体が分解される。その後、自分の情報が分解される。情報が分解される前に戻って来られれば問題ないんだけど、体が分解されてから情報が分解されるまで、どのくらい時間があるかは全然わからない」

 黙って聞いていた廉がおもむろに口を開いた。
「情報が分解されても、あなたがあなたとして戻って来るための保証は作ります。1つは、体をこちらに残しておくこと。部屋を使っていればその人らしい部屋になってゆくように、魂の乗り物である体も、使っていれば使っている人間の痕跡が残る。なので、残された型から元の形を作るように、あなたを戻すことができる、かもしれない。もう一つは」
と視線を送られたソラが答えた。
「うん。この世界のジャンニに近しい別の世界のジャンニを…この前夢で見ていた、少し前に死んだ近未来世界のジャンニを時空が静止する場所に置いてある。でも彼は…本当に近しいけど別人だから…。彼の記憶とジャンニの記憶を二重に持っていて時々どこかの記憶が消えている、『ほぼ元と同じである』人間になるかもしれない」

 膝で眠っているヒカリを撫でながらじっと聞いていた。
 なるほど。
制限時間内に戻って来れるのが一番良いけれど、戻って来れなくても体の記憶を使ってこの私になれるかもしれないと。しかも体の記憶が不完全だった時のために、別世界の私と融合させる準備もあるということか。
「…悪くない確率だね」

 そもそも、自分が今の自分と全く同じである必要はない。普通に生きていたって細胞は代謝するし記憶は更新される。
「でも、次元を移動するなんてことしなければ何の問題もなく自分でいられるし、しなくても生きて行けるよ。それに、何かが壊れた全然違う自分になる可能性も、そのまま死んでしまう可能性もある」
 武器や新しい技を使う時のような、「何となくできるような気がする」という勘がした。多分私は、この私のまま戻って来れると思う。それに。
「私が絶対になくしてはならない物は、そうたくさんはないんだ。私の友人や家族は誰かという記憶と、家族を守り養うことができる力。それだけあればいい。私が今できることの…何か1つぐらいは、きっと残ってるだろうと思うしね」
 すぐに返答が返ってこなかったので、頭の上から腕に抱き直し、喉を撫でながら言った。
「案外心配性だな、ソラは。私は大丈夫だと思うんだけどね」
「案外呑気だよね、ジャンニは。なんで大丈夫だと思うのさ」
二人で見つめ合うと、ちょっと笑えた。
ため息をついたソラがふと床下を見る。
「そろそろいいみたいだよ」
同じように見てみると、既に普通の病室に移されている自分が眠っていた。

 鞄を閉じ、パチンパチンと止金を止めると、廉が言った。
「行きますか」
手からスルリと抜けたソラが膝を経由して、身軽に床に降りる。それに気づいたヒカリも膝から降りた。
床の上の二人を上から抱えるように抱きしめると、お礼を言う。
「色々とありがとう」
 縁側の方へ向かう廉について行くと、来た時に履いていたサンダルが揃えて置いてある。いくつかある民家を抜けた時振り返ると、縁側にちょこんと座った白と黒の姿が見送ってくれていた。
 また、向こうで。
心の中で話しかけた時、前を歩く廉の姿が壁を抜けるように消えてゆく。急いでそれを追った。

 シャボン玉のような空間を二人で歩いて行く。
「帰らなくてもいいんですよ」
不意に廉が言った。
「持ち時間が短い割には、体も責任も人生も重いでしょう。ここに見えているいくつもの世界、このどれかの中に、今全部捨てて逃げても良いんですよ。後のことは私が何とかしておきます」
「君は鋭いね。それはさっき、気持ちよく死ねる薬を勧めていたことと関係があるのかな」
空間内をグルリと見回した。どれがどんな世界なのかはわからないが、見るからに暖かく明るい世界もある。
「私の半分は、いつでも死にたいし逃げたいし消えたい。人生は辛く苦しくて重く、生きることは大変だ。…本当を言うと、この世に存在したくはなかった」
ちょっとそこから落ちてみようかなと思うことはしょっ中ある。いついなくなっても大丈夫なように用意はしてあるのだから、偶然を装って崖下にでも落ちれば、いつか死体は動物が処理してくれる。一ヶ月もすれば皆には元の日常が戻り、その内私がいたことなど忘れられる。
 だが、同時に思うのだ。
それに何の意味があるのだろう。
「私を楽にする」ということでしかないそれに何の意味が。

 ここにいる間色々考えたが、結局自分について何がわかったわけでもない。浮かぶ考えは矛盾し、私というものは一向にまとまらない。
 でも今のこの自分でも、なんとか生を泳いでさえいれば、変化する現実があることだけは確かなのだ。

「君は何故人の中に混じるんだい?」
「面白いからですかね」
ちょっと考えてから、廉は言葉を足した。
「短い時間の中で右往左往し、泣いたり笑ったり怒ったり皆忙しい。それが、我々にはないものだからです」
流れるように言葉を続けた。
「着きましたよ。残念でしたね」
「ああ、残念だったね」
クスリと笑い、ジャンニは言った。
目の前に、眠る自分がいる。
「聞いてみてもいいかな」
それに戻る前に、廉に尋ねた。

「君は、今の自分で良かったかい?」


⑯ガリュウ

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