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Episode of vice captain 2

2  +ジェイル・ラビスト & ジュリア

「忙しいのに悪ぃな」
ウキグモとハナヨイは本当に心から悪いと思いながら、ミントグリーンの髪と緑の目を持つ美青年に言う。
 五番隊副隊長でもあるジェイルは色々と自由行動が多い隊長の補佐で常に忙しく、今日も目の下のクマが痛々しかった。

「忙しいことはもう諦めたよ」
どことなく空虚な笑みで空を見つめたジェイルだったが、すぐに気を取り直し、抱えて来たファイルを机上に出した。
「言われたものはこれでいいかな」
勝手知ったるウキグモの部屋で、ハナヨイは濃いめの緑茶を淹れジェイルに勧める。
その横で、幅10センチ近くはあるファイルを確認していたウキグモが感心してつぶやいた。
「さすがだな。仕事は忙しい奴に頼めとは良く言ったもんだ」
「ウチの隊長のおかげで」と、苦々しく強調しつつジェイルは言い継いだ。
「色々な部署に知り合いが多いもんで、事件に巻き込まれた隊員の資料を人事部でもらって、それ持って街の警ら隊と会っただけだよ。資料は警ら隊からの借りもんで、俺はファイルにまとめただけ」
とは言え、仕事とは関係ない事件の情報をもらえるのは日頃から築いている人間関係の賜物だろうし、警ら隊がこの情報を持っているのを知っていたのはジェイルだからこそだろう。それにファイルにまとめただけとは言うが、時系列で並べられ、インデックスもつき、それぞれが発見された場所に印をつけた地図まで入っている。
「すげえな、ラビィ。俺の代わりに副隊長しねえか?」
ウキグモが言うと、畳に寝転がりながら、あくび混じりに答えた。
「九番隊か。悪くない話だけど、ウチの隊、俺がいないと事務仕事が回んないからなあ。…とりあえず、その資料見終わったら起こしてくれよ」
と横になるなり寝入ってしまった。



  そばにあった自分の上着をジェイルにかけながらウキグモが言った。
「まあ、何だかんだ言って、こいつも隊長を尊敬してるからな」
それは自分たちにも言えることだ。
ヴァサラ軍の隊員になれるほどの実力があるのであれば、戦闘力が必要な他のどんな仕事にもつける。それでも、今まさに戦乱に巻き込まれている新興国の兵隊などという危険な仕事を辞めないのは、命を預けても良いと思える隊長がいて、その隊長たちが尊崇するヴァサラ総督がいるからだ。
「さてと」
ウキグモはちゃぶ台に戻り、ドカッと座布団に座る。
「お前の目の調子が良い内に見とくか」
緑茶とお茶請けの漬物、ジェイルの寝息をお供にファイルを確認してゆくことにした。




 2人で手分けをしていても、ファイルの細部にまで目を通し終わるには2時間弱かかった。
「もう今日の視力の限界値は超えたぞ。目が疲れすぎて頭痛ぇ」
ハナヨイが眉間を揉みながら言う。
「俺も別の意味で限界値超えたよ。こいつら消えてから現れるまでの時間以外共通点なさすぎて、心折れそうだ」
抜き出していた資料を元通りにファイルに収めながら、ウキグモも言った。
「俺が見た資料の子どもたちは大体一日で帰って来てたが、そっちはどうだい」
人の部屋に勝手にストックしているザラメ煎餅を探り出しつつ尋ねるハナヨイに、ウキグモが答えた。
「こっちもそうだな。けど1人だけ、消えてから数時間で発見されてる子どもがいたかな」


「そんなに共通点がないのも不自然だな」
横から急にジェイルの声がした。
「っわっ。お前起きてたのか」
ウキグモがビクッとそちらを向く。
起き上がりながらジェイルが続けた。
「寝起きのスッキリした頭でなんとなく聞いてたんだけどさ、この40人前後の子どもがそこまで共通点ないのも逆に意図的だなとも思って」
言いながら、ちゃぶ台ににじり寄って来た。ファイルを開けて地図を見る。
「…ああ、なるほど。わかった」
顔を上げると2人に言った。
「地図に印入れながら、何か違和感感じるなと思ってただけだったんだけど、他の子が街の中で見つかってるのに、この子だけヴァサラ軍の敷地内で見つかってるんだよ」

 ファイル番号の数字と地図上の発見場所の数字を照合すると、それはまさに、消えてから数時間で発見された例の子どもだった。
「街の中っつっても四方八方に散らばってたから、この発見場所も不自然とは思ってなかったなあ」
言ってため息をつくハナヨイは、他の2人の視線が自分に集まっているのに気がついた。
「…お前ぇらが言いたい事ぁ分かる気がするぞ。この、軍の中で見つかった子どもだけは見つかった場所も時間も皆とは違う。ってことは、この子は他の子どもたちと違う何かがあるのかも知れねぇ」
酒屋の不気味なのっぺらぼう、あのゾッとする感じを思い出しながら続けた。
「俺がこの子と会って分かることってぇと、本当のことを言っているか嘘をついているか。それと嬉しいとか辛いとか気持ちの状態。それから」
言葉を切ってちょっと考えてから、言った。
「…本物か偽物かも、多分、分かる」

森と敷地関係



 「別にお前まで来なくても良かったんだぞ」
ウキグモはジェイルに言う。
あの後、たった1人だけのことだし、まずは異例だった子に会いに行ってみようということになった。
 子どもの様子を伺ったり話を聞いたりするだけならハナヨイ1人で行っても用は足りる。だが、この事件を調査し直すきっかけは自分だったと責任を感じるところがあるのでウキグモも来ているわけだ。
 一方ジェイルは、事件に関する詳細な情報が欲しいという面倒事を迷惑にも頼まれてしまっただけだ。なのに一緒について来てくれている。

「これだけの物をよくぞ作ってくれてたっていうくらい調べられてる資料を、事件を調査するって名目で警ら隊に借りてるのに、ファイル渡しただけで終わるっていうのもちょっとね。乗りかかった船がどこに着くのかも気になるし…ああ、ここの角を曲がって…」
と言いかけて、ジェイルは言葉を飲んだ。
ウキグモもつぶやく。
「…あの家どうしたんだ?」
目が限界ということで鉢巻を使い、視界がないハナヨイが尋ねた。
「どうした?」
その質問にはジェイルが答えた。
「窓が全部、板かなんかで隠されてるな」

塞ぎ窓の家



 それは周囲の家に比べると少し大きな、2階がある家だった。
外には洗濯物がはためき人が住んでいるのは間違いなさそうだが、1階も2階も、窓は神経質に木目のもので塞がれている。
 何か事情がありそうな様子に訪ねて良いものか3人とも判断しかねていると、運の良いことに、見覚えのある人物がドアから出てきた。帽子を上げて軽く挨拶をするとこちらに向かって歩いてくる。
 他に通行人もいない中、男3人は目立つのですぐ気づくだろうと思っていたが、珍しく何かを考え込んでいる様子で全く気づかない。
仕方ないのでこちらから声をかけた。
「ジュリア」
金髪にピンクメッシュ、爪に派手なマニキュアを色違いで塗った男は、持っている往診鞄を取り落としそうな勢いで驚いた。
六番隊副隊長であって医師でもあるジュリアだ。
「出待ちすんのもいいが、俺様を驚かせた罪は重いぞ」
帽子を直しながら意味がわからないことを言う口調はいつもと変わらない。
「いや、3人でずっとここに棒立ちしてただけですよ」
「ほとんど隊舎にしかいねえくせに、出待ちするにしてもここじゃないだろ。いや出待ちしてねえけどな?」
「珍しく、何だか沈んでるみたいだねぇ」
3人に同時に話しかけられ、
「ああもう、うるっせえなあ」
ジュリアはイラっと一喝した。



 道で立ち話をするのも何なので、4人は移動しながら少し話ができそうな場所を探す。何となく歩いていたら、窓の塞がれた家の裏にある土手に着いた。パラパラとある桜の木のうち1本の前で立ち止まると、土手から家を見下ろす位置になる。
「俺様は忙しいんだ。用があるならさっさとすませろ」
その桜の木に寄りかかり、3人をジロリと見回したジュリアが腕組みをして言う。
「あの家の子どもと話がしたかったんだ。でもあの家の様子を見て、訪ねていいもんだか迷ってたんだよ」

 ウキグモが言った瞬間、ジュリアにピリッと警戒の雰囲気が走ったのをハナヨイは感じた。
隊舎から出ること自体珍しく、副隊長会議にすら出席しないこの男が軍の敷地内からここまで足を運ぶにはそれなりの事情があるのだろう。
ウキグモの袖をちょっと引いて制すると、代わりに口を開いた。
「悪ぃようにするつもりはねえんだ。子どもと話さない方が良いってんならそうする。だが、まずは俺たちの話を聞いちゃあくれねえか」
そして説明が最もうまそうなジェイルの方を向き、続きを話すことを促した。

 子どもが消えて戻って来た事件のこと、だが戻って来た子どもは本物ではない可能性があること、酒場でのことなど、ウキグモとハナヨイが取り留めもなく話したことを、ジェイルが簡潔明瞭に伝えてゆく。横で聞いていた2人も、今回の事がスッキリとおさらいできたほどに見事なまとめ方だ。
その間ずっと腕組みをしたまま、足元に視線を落として聞いていたジュリアがハナヨイに言う。
「子どもに会うだけで本物か偽物かわかるんだな」
「まあ…多分な」
答えると、
「OK。付いてこい」
とハナヨイだけを連れて、先ほどの家に引き返した。
道中、早口で説明を加える。
「お前は途中で偶然に会った連れってことで、ドアの外で待っとけ。俺様がうまいこと言って、子どもが玄関まで出て来るようにする。帰る時に、少し大きめにゆっくりドアを開け閉めするからそこで子どもを判断しろ」

 開閉時間がどれだけ取れるのか、子どもがどれだけ出てきてくれるのか、はっきりわからない以上、確実にイエスとは言えない。だがジュリアの様子からして、意見を差し挟めるような余地はなさそうだった。
 そうは言っても偽物があののっぺらぼうならすぐわかるだろうと外で待っていると、ジュリアが玄関に入って数分後、家のドアが開く。

 子どもはほぼドアの前にいた。全体像を感じ取ることができる。
そのままジュリアは子どもと一言二言話をしたので、時間も思ったよりあった。
 子どもは多分10歳には満たないだろう少年で、口調や息遣いや動きに際立った異常はない。ついでに言うと、そばにいる母親も特に何かを隠している風ではない。
 つまり、そこにいるのは本物の子どもだった。

 ハナヨイの元にやって来たジュリアは、家のドアが閉まると聞いてきた。
「どうだ」
「あの子ぁ本物だな」
「そうか」
とジュリアは一言答えただけだったが、その声には安心感が滲んでいる。
だからだろうか。
 最初に会った位置辺りで待っていたウキグモとジェイルに合流すると、4人で軍に帰る道すがら、おもむろに話し出した。
「隊の敷地内で俺様が見つけた時あの子が言っていたのは、気づくと森の中にいて、何でこんな所にいるのか全然わからなかったので、怖くて太陽の方を目指して走ったってことだった。とにかく森の外には出られたわけだから、気づいたのはそう森の奥でもなかったんだろうよ」

 資料には、発見者の名前がある物もない物もあった。隊の敷地内で見つかったのなら見つけたのは隊員だろうとは思っていたが、それがジュリアだとは知らなかった。
「その時以来、あの子は自分の顔を忘れてる。物に映った自分の顔がわからなくて、知らない奴がいると思って泣いたり叫んだりする」
「ああ。だから窓に覆いがしてあるんですね」
ジェイルの相槌を受けるようにジュリアが呟いた。
「…この俺様が今できることが、鎮静剤や睡眠薬を処方することだけとはな」
できることは一通り試してみた結果、対処療法しか見つからず、そんな自分に1人の医者として歯がゆいものを感じているに違いなかった。


 軍敷地内に戻り、まずジュリアと別れ、3人それぞれも自分の部屋に戻ろうとする刹那、ジェイルが独り言のように言った。
「そんなことあるか?」

 自分の顔を忘れるなんて脳の異常だろうと素人の自分達でも思うのだから、もちろん医師であるジュリアもそう思ったはずだ。
なのに結局異常が見つからなかったため、薬を調合するくらいしかできないのだろう。

 だがジュリアは凄腕の麻酔科医で、ひと目見ただけで体温がわかる能力のみならず、微弱な電流を流すことにより患者の心拍数や酸素濃度、内部疾患までわかるという、治療専門の雷の極みまで持っている。
その能力を駆使してすらわからない病気など、一体どれくらいあるのだろうか。

「言われてみれば、確かにな」
ジェイルに同意するウキグモの言葉に、ハナヨイも頷いた。


3  + アッシュ & アヤツジ

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