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Episode of vice captain 3

3 +アッシュ & アヤツジ

 ジェイルと別れた後、疑問をそれぞれ反芻しつつ、ウキグモとハナヨイは同じ兵舎に戻って来た。
「っても、病気じゃないなら何だっていうんだい」
ハナヨイの言葉に
「そいつはほら、怪異っていうヤツだろ」
とウキグモが答える。
「怪異…カイイねぇ…」
「その言い方、なんかまじないみたいに聞こえるな」
笑い合っている時、ハナヨイは覚えのある気配を感じた。
「お、こりゃソラ吉が来てるな」
ハナヨイの呟きに周囲を見回してみたウキグモは、兵舎入口に1番近い部屋前に黒猫を見つけた。
「客用の部屋の前に猫がいるぞ」
「ああそうか。いつもはちょっとドアを開けとくんだが、今日は忙しかったから忘れてたな」
ソラを抱き上げドアを開けようとして、ハナヨイは手を止めた。
「カイイって言ったら、アッシュはそれなりに詳しいんじゃねぇか?」
「零番隊か…。獣人やら妖怪やらはいるが、そりゃ怪異っていうのかね」
抱いたソラを部屋のベッドに連れて行きながらハナヨイは笑う。
「まあ、俺らだけで考えるよりゃマシなんじゃないかい。…よおソラさんよ。あんたに頼みゃアッシュを連れて来てくれるのかい?」
ベッドに下ろす前、頼むともなく言ってみると、ソラは返事をするようにニャアと鳴いた。



 次の日のこと。
兵舎を見回って自室に帰って来たハナヨイは、自分の部屋の前に銀髪執事服の男を見つけた。髪色と同じ狼の耳があり、黒いマントからはフサフサの尻尾も見えている。
ウキグモもいい加減デカいなと思っていたが、それに輪をかけて大柄だ。片眼鏡が特徴的な獣人、零番隊副隊長のアッシュだった。
「こりゃ驚いたな。ホントに来るとは思わなかったぜ」
ハナヨイの声に振り向いたアッシュは
「ちょうどお留守だったのですね」
言うと丁寧に頭を下げた。
「ソラから聞いて参上いたしました」

 同じ頃、九番隊の隊舎に向かうウキグモは、自分よりやや背の高い人物に無言で睥眼されていた。頭頂から紫のグラデーションがかかる白髪をそのまま伸ばし、着流した着物の懐に片腕を差し入れている。十二番隊隊長のクガイだった。
「…俺に何か用ですか?」
と言うウキグモの質問には答えず肩越しに振り返ると声をかけた。
「おい、アヤツジ。いたぜ」
ちょっと遠くにいたのだろうか。ジャッと小石の音をさせながら、レッサーパンダの耳と尻尾を持つ着物の女性が走って来た。
「隊長は立っているだけで怖いんですから、少しは愛想良くしてください」
クガイに言ってから、ウキグモに頭を下げる。
「ウキグモさん、ウチの隊長が失礼しました」
やり取りを一通り聞き終わったクガイは
「じゃ、もういいな。俺は行くぞ」
とユラリと去って行ってしまった。
「なんかこう…良くわかんねえ迫力がある人だよな。お前よく説教できるな」
「ああ見えて根は優しいんですよ」
ウキグモの言葉にアヤツジは微笑んだ。
「子どもも好きですし。だからウキグモさんたちが、子どもに関するちょっと前の事件を調べ直していると聞いて、副隊長である私に協力するように言って来たんだと思います」

多分、下段左辺り時代のクガイさん




 ウキグモがアヤツジを連れて自室に帰って来た夕方、ハナヨイもアッシュを連れてウキグモの部屋にやって来ていた。
ちょうどドアの前でバッタリと出会い、お互いが新たなメンバーを連れていることに軽く驚く。
集まるというと何故自分の部屋になるのかなどととは、もはや全く思わなくなったウキグモは、鍵を開け全員を中に案内した。

 大柄モフのアッシュと、体格こそ普通だが十分にモフっている尻尾を持つアヤツジにより、春だというのに部屋がなんとなく冬仕様だ。
自分だけでもたまに狭いと思う部屋は、全員どこかしらに寄りかかれる状態になっていた。
「みなさん、お腹が空くと思いまして」
アヤツジがお手製のアップルパイを切り分けてくれる。
「俺の部屋には緑茶しかねえぞ」
とのウキグモの言葉にちょっとショックを受けていたようだが、人の部屋に訪ねる礼儀として、アッシュが手土産に紅茶を持ってきてくれていた。
だんだん慣れてきたウキグモとハナヨイが滞りなくここまでの流れを説明すると、ティーカップを包むように持ち、紅茶に目を落としながら聞いていたアッシュが顔を上げた。
「その話、自分には思い当たる所があります」

 これは西の国のことですが、と前置きをしてからアッシュは話し出した。
「チェンジリングという現象が時折起こるそうです。向こうの妖のものは、自分の子どもにしたい、奴隷にしたい、また醜い子どもを美しい子どもと交換したいなどの希望から、子どもを誘拐して代わりの子どもを置いてくることがあるそうです」
紅茶を一口飲み、続けた。
「帰って来た子どもからカナデさんが受けた印象。またジュリアさんでも原因がわからない子どもの症状。その他、子どもが消えて戻って来た話など総合し、私は、チェンジリングが行われたのではないかと思いました」
ちょっと何かを考えるように視線を泳がした後、3人を見ながら言った。
「…しかしこれはある意味、朗報です。本物の子どもは生きてどこかにいるということですから」
しゃんと背筋を伸ばし、正座を崩さずに聞いていたアヤツジが尋ねた。
「ということは、命の危険なども?」
それは全員が聞きたいことだった。
皆の顔を見回したアッシュがゆっくりと頷いた。
「囚われている環境にもよりますが、死なないようにすると思います」



 逃れた子どもが発見された軍敷地内。そこに面する森一帯に当てをつけ、次の日から手分けをして捜索した。犯人の目的はわからないが、子どもを連れて森を離れる可能性もあるので、森を抜けて移動できそうな場所については街の警ら隊にも協力してもらい、見張ってもらった。
 隊長の全面協力があるアヤツジがかなり頑張ってくれ、数日で森全体の様子はザッと確認できたようだった。
 ちょうどその頃、子どもの真偽判定を1人行なっていたハナヨイも全員確認し終わり、皆は再びウキグモの部屋に集まった。


 ウキグモの部屋の丸いちゃぶ台に森の地図が広げられる。
「とりあえず、それぞれ報告していくか」
と口火を切ったウキグモが、自分が回った場所を描き込む。同じようにして、ジェイル、アッシュ、アヤツジも描き込んだ。
 4人からは、捜索した場所には子どもたちはいなかったこと、ハナヨイからは、回った子どもは全て偽物だったこと、ジェイルからは、街に異常はなかったとの警ら隊からの報告も共有される。

 ここまで森の捜索に関わっていないハナヨイは、皆の描き込みに1つ疑問があった。
地図全体からすればそう大した面積ではないのだが、森の地図に一部、誰も捜索していない場所がある。
「ここが捜索されてないのは何かワケがあるのかい?」
ハナヨイが指差した場所を見て、ウキグモが言った。
「そこは地割れができてんだよ」
他の3人も頷く。
「はあ、なるほど。地割れか」
とハナヨイは他意なく呟いただけだったのだが、それは、他の4人にふと思い返す時間を与えた。



皆が思っていたことを、ジェイルが代表で口にする。
「…他の場所にいないのなら、ここにいるのかもしれないな」

「1人が見て回る範囲が広かったから、地割れがある時点でサクッと捜索を切り上げてしまった所はありますね」
アヤツジも言う。
全員の総意をウキグモがまとめた。
「地割れもしっかり調べた方がいいな」

新しい目で見た方が良いのではないかということで、地割れ捜索には、ウキグモを道案内としたハナヨイが行くことになった。




 次の日、ウキグモとハナヨイは森の地割れに向かっていた。

「ちょいと待ってくれ」
ウキグモの後ろから来るハナヨイは、そう言ってはちょくちょく立ち止まる。
そして立ち位置を定めると空を見上げた。

 ハナヨイは、本気で戦う際は目隠しをして戦闘に挑む。
その方が集中力も高まり極みも出しやすいので敢えてそうするのだが、見えない目を補うために、刀の柄と鞘を鎖で繋げていた。
この鎖は刀を引き寄せることに使うだけでなく、ヌンチャクや縄のようにも使う。
そして普段は、鎖を鞘に巻いた状態で腰に挿していた。

刀と鎖図



 木々の隙間が充分に広いことを確認すると、挿している刀を鞘ごと帯から抜いた。
鎖が絡まっている鞘だけを空中に放り投げる。
刀身が収まっていた分の空洞ができた鞘は、絡まりが解ける音を良く響かせた。
鎖が青空に放物線を描くと、ザアッと、一種大雨のような音が舞い上がる。

 木々の中に沁み消えてゆく音に耳を澄ませた。
音から大まかに把握できた周囲の様子としては、地割れは少し先にあるようで、なかなかの幅と広さのようだ。
少し歩き低木を掻き分けた先に現れた実物は長さもありそうで、ここからでは端を確認することができない。
 亀裂に風が吹き込んだ時、ハナヨイが言った。
「こりゃ見事だな。幅も5メートル以上ありそうだが、深さは…20メートルはあるんじゃねぇか」
「20メートルときたか。そりゃこの底に子どもらがいるとしても目視じゃ確認できねえな。救助すんのも一苦労だぞ」
「そこなんだよ」
ハナヨイは地割れに沿って歩き始めながら言った。
「西の妖ってもんがどういう奴らかわかんねぇが、俺らが一苦労すんならそいつらも一苦労するんだろうよ。数十人の子どもを世話するにゃ地割れの底は効率悪かないかい?」
「羽でもあるのかね」
「はあ、羽なあ」


 会話が一旦途切れ、数十分、草をかき分ける音だけがガサガサと鳴っていた。
と、前を行くハナヨイが、後方に片手を伸ばしてウキグモを制した。
蔦植物が巻き付く低木の間、背の高い草の中に身を沈める。
声を落としてウキグモに言った。
「風の音が妙だ。地割れの端にゃなんかありそうだぞ」
目の前には、今までと同じ深さと幅の亀裂が黒々と続いている。
そして少し先には地割れの末端らしきものがあった。

 ここ辺は地盤が緩いようで、亀裂のキワのほとんどは、流れ落ちた土と土を被る草木とで、焦茶と緑が入り混じっている。同じように、地割れの末端部分も土が崩れていて、木が乱雑に、支え合うようにして倒れていた。
「地割れの端は見えるかい?」
ハナヨイに言われて草を分けて見てみたのだが、身を隠せるほどに植物が繁茂している場所ということもあり、奥までしっかりとは見通せない。
「もうちょっと近づきゃ見えるかな」
草の中を、亀裂のキワ近くに移動した瞬間。



足元の地面が抜けた。
新しい土の香りがバッと広がる。
自分に何が起こったか理解する間もなく、骨に響く振動と共に体がグンと引き上げられた。


地面が際限なくボロボロと崩れていく。
草木混じりの土を頭から被るウキグモは、目を開けることも息をすることもできない。
流れ落ちる土砂に耐えながら息を詰める数十秒。
それからやっと、自分の体に巻かれている鎖とそれを引くハナヨイを目にすることができた。

少し離れていたはずの2人の位置はほんの3メートルにも満たなかった。
体格差のせいで、ハナヨイがジリジリと地割れに向かい引き寄せられている。

 地盤の弱さを身をもって体験したウキグモは、こちらに寄りすぎるとまた土が崩れ出すだろうと確信していた。このままでは2人とも亀裂に落ち込んでしまう。
そうなるまでの時間はあまりなさそうだと、何かあると言われた地割れの最端を急いで確認する。

 この位置まで引き込まれたおかげで、何があるのか今やはっきりと見えた。
崩れた土と折り重なった木の下に洞窟のようなものがあり、中では動く人影がいくつかある。

 また少しこちらに引き寄せられているハナヨイに声をかけた。
「今から俺が言うことを聞き終わったら手を離せ。2人とも落ちるよりマシだ。底までこれだけ距離がありゃ途中で体勢を立て直すことも受け身を取ることもできる。大丈夫だ」
どうやって上に戻るかはともかく、土でできたこの高さ程度のものなら、落ちても死にはしないという自信があった。

 ウキグモは洞窟の方を見ながら手早く報告する。
「いいか、地割れを5メートルほど下ったあたりから洞窟がある。中には寝かされてるヤツと動いてるヤツがいて多分寝てんのが子どもで動いてんのが犯人だ。犯人は4〜5人程度。洞窟の入り口はお前の背丈くらいじゃねえかな。意外と奥もありそうだし中はもう少し天井も高いと思う。崩れてる土はなだらかな坂状になってる。動いてる奴らは俺らと体格が変わんねえし羽があるわけでもなさそうだ。おそらくそこから出入りしてる。助けに行く時は俺らも使えるだろう」
目視できる範囲ではこれ以上伝えるべきことはなさそうだと判断したウキグモは
「よし、離せ」
と頭上のハナヨイに声をかけた。
時に、目に入った光景に思わず声を荒げた。



「お前!どういう了見だ!!」
2人とも落ちるよりマシだという話をしたのに、ウキグモが洞窟の報告をするため目を離している隙に、ハナヨイは自身の体にも同じように鎖を巻きつけていた。
「お前が落ちりゃ俺も落ちる。俺ぁケガしたくねぇんだ。死ぬ気で上がれ!」
言い終わりしな、全身を使った強い力で体を引っ張られた。

 とは言ったものの、ハナヨイも、ウキグモの体をそこまで長く支えることはできそうになかった。この最後の渾身の力を使っても上がって来られなければ、ほぼ間違いなく、2人で地割れに転げ落ちることになる。
確かに死にはしないだろう。だが擦り傷程度で助かるということもないはずだった。
 ただ、ハナヨイはウキグモという人間を良く知っている。
この男は、人のために何かをする時の方が、自分1人のために何かをする時より力が発揮できるのだ。

 その予想は間違っていなかった。
これでも胸あたりまでしか引き上げられなかったのだが、ウキグモは、手が届くあたりにやっとあった蔦と雑草を何とか掴んだ。
そして、ほとんど指の力だけで半身を引きずり上げたのだった。

 ハナヨイが体重をかけ鎖を引く。
それにタイミングを合わせ、キワから2メートル辺りの位置に、受け身をとりながら飛び込んできた。

と同時に、その力が加えられた地割れのキワは更に崩れた。
今度は最端に向かって崩れが連鎖してゆく。
それに紛れ、風を切る鋭い音がした。

「おい、敵さん弓矢使うみたいだぜ」
それらを音として聞いていたハナヨイが地面から起き上がりつつ伝えると、隣で胡座をかいていたウキグモが呆れたように言った。
「お前なあ…。俺に自分の身柄を賭けてくんの反則だろ」
ハナヨイは連鎖して行く崩れを眺めながら答えた。
「同じじゃねぇか」
それから、どこか遠くを見るようにして笑った。
「あそこでお前を落としたら俺のどっかは壊れるんだろうよ。それは俺にとっちゃ、自分を捨てることとそう代わりはねぇんだよ」


4  + Vice captains ①


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