見出し画像

③ルーチェ

種族:完全なるサキュバス(女淫魔)の妖魔
   角・羽・尻尾は普段は隠しており、本気モードの時だけ出す。
容姿:褐色の肌の巨乳美女で八重歯がある
居住地:廃村をキャバ街にした「13Girls(サーティーンガールズ)」
職業:男に対して色々あった人が幸せに暮らすために作った盗賊団『星々の海賊団(クリスティフ・ルーチェ)』の首領
極み:忘(わすれな)の極み・盗の極み(基礎値は弱い)

ルナの姉。パートナーはカルノ。あざとい。ケーキを作るのが上手い。自分で改造した銃剣を使う。(刀の先に銃口が取り付けられており、ルーチェが独自に開発した『特殊団』を装填することもできる。デリンジャーのように二層に分かれた銃口からは、特殊弾と実弾が発射される。
(@はなまる様


 こんな感じだったかな…。
13Girlsに来たジャンニは、入り口となる門の前で中を見た。
 任務以外でここに来るのは2回目だが、昼間に来たのは初めてだ。あらゆる色のネオンが目を刺す夜の景色と目の前にある景色とは全く違い、同じ場所だというのが不思議なくらいだった。
 門から奥に続く道は大通りにしては広くもなく、左右に並ぶ建物の作りは思っていたよりチープだ。隙間なく並ぶ建物には、アーケードになりそうなほど多数の電線が渡してあり、それがなかなか圧巻だった。

 初めて来たのは入隊して間もなくの、20代そこそこの時だった。一段落ついた戦場を後にする前日、食事に行くと言われたので連れて来られたのがここだ。
 お前ら牧師をどこに連れて行ってくれてるんだとは思ったが、皆がここに来たい気持ちは分かると思ったので、そっと離れて1人帰ろうとした。だが中に前の恋人を見た気がして、つい門を潜ってしまったのだ。

 最初の恋人のことは、ゆうに5〜6年は引きずった。あれからひと年経って、付き合うことにおいての男女の作法も一通り知った今だからこそ、あの子のことが本当に好きだったなと思う。けれど不思議なことに、どういう顔だったか思い出そうとすると、もう曖昧で細かいところまでは思い出せないのだ。
 これが夜だったら、今は門の中に誰が見えるのかな。
思いながら、ジャンニは13GIirlsの門を潜った。

 この時間は人通りがほぼなく、数分歩いたが2〜3人としかすれ違わなかった。
 だが。
 …人の気配がする。
しかも、1人ではなく。
 今分かるだけで3人だ。撃退することはできるが、診察に行ってから3日が経とうとするところで、あまり体力を使いたくなかった。
 対処療法にしかならないが極みを使うか…。
 人によっては極みが一番体力と精神力を使うものだろうが、ジャンニの場合は疲労強度は
攻撃の極み <  戦闘 <  治療の極み
といった体感だ。

 攻撃技で主にやっていることは、「相手の心の中を映す鏡を張る」ことなので、鏡さえ張れば後は本人たちが勝手にその中に恐怖を見て自滅する。人数が多くても、それぞれがそれぞれの恐怖をその中に見るので、1つ張るだけで対応できることも多い。極みとしてはかなり省エネな部類なのではないだろうか。
 だが治療となると、自分から積極的に心の中に入ることになる。1ミリの齟齬も出ないように心や記憶を扱うというのはかなり繊細な作業になり、一回だけで体重が数キロ落ちることもある。

 目的の場所は聞いて来たのだが、しばらくそれとは関係ない道を歩いてみた。少なくとも1人はジャンニのそばでつけて来ている。
「今からこっちに行きますよ」というわかりやすい動きで角を曲がると、ロザリオを持って呟いた。
「夢の極み『perditus somnium』」
追っ手が角を曲がって来た瞬間、耳元で囁く。
「見失い、惑え」
パチンと指を弾くと、追っ手の動きがピタリと止まった。
 追っ手はジャンニに全く目をやることもなく、焦って周りを見回している。催眠が解けるまではジャンニの姿は見えないし、全く違う景色の中ここはどこかもわからなくなっているだろう。

 だがすでに2人目の気配があり、しかも今度は明確な害意を持っている。
 …悪手だったかな。妙な術を使うと警戒させてしまったかもしれない。

 背後にせまる足音が聞こえた時、避けてナイフを叩き落とすつもりだった。だが相手は思ったより手練で、避けられたと見るやすぐ身を離し一定の距離をとる。再び構え直し攻撃してくる軌道から身をかわしたところ、男は直前で腕を捻り軌道を変えた。
 前蹴りで男を突き離しその勢いで距離をとったが、ガードをしていた右腕が切られていたらしい。全く痛くないほどの鋭い刃は、思ったより深い傷を作っていた。
 これはめんどくさいな。
 矢継ぎ早に攻撃して来ない所を見ると一気にカタをつけるタイプではないようだ。 
 身体機能の向上に作用する薬剤を使っている関係で、ジャンニは出血が止まりにくい。肘を伝って落ちる血液は、既に足元に少し血溜まりを作っていた。これぐらいでは戦闘能力に支障はないが、早く終わらせて止血するに越したことはない。
 滴り落ちる血を腕を振って落とすと、ファイティングポーズをとって身をかがめた。

 瞬間、パアンと音がする。
目の前の男が倒れるにしたがって、使い終わった銃剣を肩に担ぎ、仁王立ちをする着物姿の女性が見えてくる。
「遅くなってごめんね」
元十三番隊隊長、盗神のルーチェは、褐色の肌に映える真っ白な八重歯で笑った。
「ジャン君久しぶり!」
勇ましい姿が一転し、死体の飛び越え方すら可愛らしくこっちへ来る。

 あの時フラリと門内に入ってしまったジャンニはルーチェに声をかけられた。
「お兄さん1人?寄って行かない?」
 教会には夜の仕事の人たちも来ていた。なのでこういう仕事のことも知っていたし、何をするかも知っていた。
 だが、声をかけられた時の対処など聞いたこともない。
 何も答えることができない無言の数秒が過ぎ、ルーチェが吹き出した。
「ごめんね神父さん。声をかけたアタシが悪かった」
そして今度は包み込むような笑顔になり、言った。
「ケーキがあるの。お茶でも飲みに来る?」

 当時の想い出があるからだろうか。あざといと言われているこの人に、ジャンニは大きな優しさと安心感を感じる。
 現在追っ手4人に囲まれているが、背中を預けているのがルーチェだと思うだけで、相手とちょっと遊んでみるかというくらいの余裕が出る。
「この人たち誰ですか?」
「さあ誰だろうね」
言って銃剣に弾を装填しながら、ルーチェは続けた。
「まあ誰でも良いのよ。
 この街へ来てくれる人を傷つける人間を、私は誰1人許さないだけ」

 銃剣の引き金を引くと炎が放たれた。
1人を葬ったその炎を割り残り1人の前に行くと、
「閃花一刀流『釣瓶落』」
無駄のない一閃であっという間に倒してしまった。

 もうこの人に全員倒してもらった方が早いんじゃないか。
と思わないこともなかったが、目の前の2人は、自分たちの相手としてこちらに狙いを定めている。特にさっき極みを使った相手はやる気に満ち溢れていた。
 やる気に満ちてる方はちょっと大変かもなと思い、ロザリオを持ってそっと呟く。
「夢の極み『phantasma visio nocturna』」
銀の木枯らしが包み、男の姿をかき消した。
と同時に、もう1人と一気に距離をつめる。
 つめた速度をのせて右ストレートを出すと、それを避けた男の胴が空いた。ステップを踏んで右中段蹴りを入れるとバランスを崩したので、その頭に左からハイキックを入れる。
 宙で半回転して着地したのと、建物の壁にぶつかった男が地面に投げ出されるのとはほぼ同時だった。

 全部で1分くらいの戦闘の後、
「ちょっと大丈夫⁉︎」
ルーチェの声で我に帰ったジャンニは自分を見た。腕の出血がまだ止まっておらず、もはや服の半身が真っ赤だ。
「全然。ちょっと腕を切っただけです」
 しかし、この服を着て帰るのは多分大丈夫じゃない。
「あっちは?」
 ルーチェが目をやった方向には、座り込んで地面を見つめている男がいた。
「…もう何もできないと思います」
牧師という仕事の影響か、ジャンニの極みは人を殺せない。けれど壊すくせに生かすというのは、殺すより残酷なんじゃないかと毎回思う。

〝すべての罪から解放されて永遠の光のうちに迎えられ、救われた人々とともに、復活の栄光のうちに立ち上がることができますように〟

 その場の遺体と人物に向け十字を切ると、ルーチェの後を追った。

 入隊した直後の主な仕事は、戦場で亡くなる人の求めに応じて帰天と永遠の安息を祈ることだった。宗教を持たない人でも敵であっても、求めに応じられる状態でありさえすれば全て引き受けた。自分も戦闘に参加した後休む暇もなく、夥しく運ばれてくる死に瀕した人々を回って、時にはそれがさっき話した人だったりするのは、体力も精神力もかなり削られるものだった。
 けれど、死というのは人生で一回だけの、重大で神聖なことなのだ。自分が疲れてるとか心が痛いとかいう理由で断ることは、絶対にしてはいけない。

 お茶に誘われた後案内されたのは、どことなく家庭的な雰囲気のスナックだった。紅茶の暖かさと生クリームの優しさを味わっていると、何故か急に泣けてきた。
 もう辛いんだよ。
心が悲鳴をあげているのを本当は知っていた。
人が死にかけたら枕元に立つなんて、まるで死神じゃないか。
「でも、死神だって神様じゃない?死ぬ時に一緒にいてくれるなんて、優しい神様だと思うけどなあ」
 別に深く考えた風でもなく、キャハッと笑いながら、ルーチェは言った。

 ああそうか。
 最期に1人にさせないならば、それが悪魔だろうと死神だろうと構わないのか。
自分の全てを抱えられた気がして涙が溢れてきた。
 そしてそれに気づかないフリをして、ルーチェは紅茶を温め続け、ケーキを切り続けた。

 ジャンニにとってルーチェとはそういう人だ。
そして今同じ店で、同じように口で甘く解ける手作りケーキを食べながら、自分の服を洗濯してくれているルーチェをジャンニは待っている。

 パートナー相手に、13Girlsを訪れる人相手に、男性と色々あった女性たち相手に、ルーチェの愛は深い。それはサキュバスだからというだけのものではない気がする。
 キレイになった洗濯物を持って来てくれたルーチェに、ジャンニは尋ねてみた

「ルーチェ隊長。あなたの愛とはどういうものですか?


(はなまるさんのお答えから)

 自分はちゃんとした愛を与えられているのかな。
ルーチェは時折思う事がある。

 何もわからない内から父親と体の関係を持たせられ、産んだ端から子どもも死んでゆく。結局愛情も母性も知ることができなかった。
 それは年齢を重ねるごとに劣等感になるようで、自分が愛だと思っているものは本当に愛なのだろうかと、自信が持てなくなることがあった。

 自分が人生で一番誇れることの一つは、あの父親の元から逃げたことだ。焼印を押されて「もう無理だ」と思った時、そこから逃げることを選んだ自分は本当に強かった。
 その後女性を保護するようになると、無気力になり全てを諦めてしまう人もたくさんいることを知ったからだ。
 私は自分を諦めなかった。
 自分が自分であることを手放さなかったのを。外はここより必ず良い場所であるはずだと見えないものを信じられたのを。私は誇りに思う。

 自分の人生で一番幸福だったことの一つは、ヴァサラ総督に出会えたことだ。
 下腹部の焼印をそのまま人生の焼印にし、他の人と違って私は汚いのだと思い続けているままだったら、きっと外の世界は家と変わらず辛いものだっただろう。
 けれどそんな私を総督は保護してくれた。
 そこで出会った師匠のオルキスは、「この時代に、悪に抗いたくば剣を取れ」と厳しくも優しく、私を強くしてくれた。
 オルキスからは弟子への思いをいつも感じられた。
それこそが愛というものだと知れたのは、人生を良い方向に大きく変えた。

 カルノと出会って結婚したことは、自分の人生で一番誇れることと一番幸福だったことの、もう一つだ。
 「NX」の焼印を「サキュバスのルーチェに花束を渡す稲妻(カルノ)」のタトゥーにしてくれた時、 ルーチェは思った。
 そうか。人生はいつからでも、全部変える事ができるんだ。
 過去を塗りつぶして余りある幸福を。
 ルーチェの新しい人生が、この時始まった。
 そんな自分にになれたから。裏切られたと思っていた後でさえもどこかカルノを信じられていたから。カルノはまだ側にいて、きっとこれからも側にいる。

 「あなたの愛とはどういうものですか」と聞かれた時、
〝そうか、私のこれはちゃんと「愛」だったんだ〟とやっと思えた。
  だから今、自信を持って答えようと思う。

「私が今までもらってきた愛を他の子達にも分けてるだけ。『君はひとりじゃないんだよ』って、少しでも思ってくれるのがアタシの愛かな」

「あとルノ君にはラブ的な愛♡ルノ君はね〜」
と、カルノについて語るのを、頷きながらずっと聞いているジャンニを見ながら思う。

『それはジャン君もだよ』

 ルーチェは、このカウンセラーが意外と涙脆いことを知っている。
 それは相手の感情の機微を繊細に感じることであろうし、常に人を優先してしまう優しさに繋がる事でもあるだろう。
 そういう人ほど些細なことで精神が壊れる。

 初めて会った時、この人は戦場という環境に耐えきれなくて、すぐに軍を辞めてしまうのではないかと思っていた。その時からずっと、言おうと思っていた事がある。

 何かあれば頼ってほしい。
その時はきちんと『店以外で』話聞くし、時間は割くつもり。

 今日は、それをちゃんと伝えておこうと思う。
そうだ。
それから後ひとつ、大事なことを伝えておかなければ。

 門から出る時はバレないようにねw
 牧師が朝まで遊んでたと思われちゃうから。


④繭

all episode

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?