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④繭

容姿:服はリンドウの民の男物で、黒い暗殺服。右目に傷、左目に蝶の刺青。
年齢:45
性別:女
所属:ヴァサラ軍第九番隊隊員
極み:翅(はね)の極み「揚羽蜻蛉(あげはとんぼ)」
トンボの羽が生え、素早く飛びながらトンファーで殴打する。
瞳が複眼になり360°見渡せるようになり、反射神経が向上するので殴られなくなる。
蟲の極みの片鱗として、脱皮してダメージを軽減することができる。
武器:青と緑のトンファー(構えはリンドウの民の両手を組む構え)

 生まれはゼラニウム街(極み差別がある街)。母親の蟲の極みを受け継ぐはずだったが、街の習俗である強制輸血により現在の極みを覚醒。研究者の母が職場いじめで自殺したことにより、街を逃げ出した。逃げ出した先で結婚した相手がリンドウの民で、自身もリンドウの民になる。大戦後に切腹を命じられたが、拒否したことで襲われ、旦那が自身の身を犠牲にして身籠っていた繭を逃す。体の傷はその時のもので、服は旦那の形見。
 逃亡先のイザヨイ島(歓楽街)で出産。だが密告にあい、右目を潰されながらも撃退する。子どもは流れ着いた村で村人に託した。行き倒れている所をヴァサラ総督に助けられ、今に至る。
 パートナーはウキグモ。ウキグモが世話をするアマネとカスミを、自分の子どものように可愛がっている。
(@はなまる様


 探していた少女は13Girlsでルーチェと街の女性たちによって保護されていた。街は恵まれない女性たちの救済所でもあるのだが、世間一般にはそのことを隠している。なので人身売買を行う人間が女性を売りに来ることが良くあるらしい。
 少女は他数人の女性と共に売られて来たそうだ。他の女性には仕事や保護先を紹介したようだが、少女はどうも様子がおかしいようなのでそのまま置いていたらしい。
 眠っている少女の「本」をザッと見た時、その理由がわかった。文章のところどころが乱暴に擦られたように消えている。また、一部完全な空白もある。
 擦られた跡は強制的に消された後で、空白は本人が覚えておきたくない部分だ。
 …このまま起こしたくないな…。
 思った気持ちが強かったからか、なんと新しい極み技を発動してしまった。
「夢の極み『requiesce pace/レクイエッセ・パーチェ(午睡の安逸)』
 ふいに浮かんだ技名を唱えると鍵ではなく紐が現れて、本を十時にリボン結びすると本が消える。どうも相手を眠らせる極みらしい。
 その後眠っている少女を軍まで連れて帰ったのだが道中は何となく人目が気になり、ロザリオをしていて良かったとこんなに思ったことはなかった。

 六番隊の病室を1つ借り、眠っている少女の額に触れる。
「夢の極み『oblivio beatitude』」
目の前に本が浮かぶが、紐で縛られたままだ。
「sectione/セクショニ(切断)」続けて唱えると紐がパチンと切れ、本が開いた。
 読めた内容についてはもう七福に全て伝えてある。
 少女はジャンニの所に来た後攫われ、薬を使って家の場所を吐かせられ、13Girlsに売られている。この少女を保護してくれたルーチェは本当に慧眼だった。それに比べ、少女を1人で帰らせた自分のなんて迂闊だったことだろう。偽札は自分が預かったから、もう大丈夫だと思ってしまったのだ。
 けれど後悔と反省は後でする。とにかく今自分ができることは、記憶をできるだけ綺麗に埋めることだけだ。

 掠れた字を書き直し空白は埋める。前をできるだけ辿り、不自然なく流れを書き換える。光る文字が目の前をいくつも舞う。一つひとつを指に纏い、並べて文にして、その文を指に絡め本に貼る。そして文の前後関係を読み直す。
 それを何回も繰り返す。
 集中力を切らない。何ひとつ手を抜かない。より良い文脈を見つけたら、何度も0からやり直した。
 OK。もう少しだ。
最後に、今ここにいる理由を付け足してピリオドを打つ。
推敲した部分を再確認して、全体を読み直した。
 多分…これで大丈夫。
「夢の極み『requiesce pace』」
十字に縛られた本が目の前から消える。
 平凡で幸せな生活を。

 祈った瞬間、目の前が銀に弾けた。

 膝から力が抜け立っていられない。何とかベッドの足元に寄りかかると異様な寒気が襲って来た。急激な体温上昇のショックで指先が震えてうまく動かせず目の前もチラチラするし、ベッドのナースコールを押そうとしたが、スイッチがある場所と手を差し伸ばす場所が一致しない。なかなか押すことが出来なかった。
 ちょっとヤバいかもしれない。意識を失ってしばらく見つけてもらえなかったら、カウンセリング予約に間に合わないだけでなく命の危機だ。予約時間に行ったらカウンセラーが死んでたなんて、クライエントにとって心の傷すぎる。

「わあぁ!ジャンニさん!」
 声がして、やって来たのはアンだった。
アンといえば、癒しの極み持ちだ。二重の意味で助かった。
「ハズキ隊長呼んで来ますね!」と出て行こうとするのを引き止めた。
「ごめん、今何時」
「14時半ですけど」
予約は15時だ。ハズキに診てもらう時間はなさそうだった。
「カウンセリング終わったら絶対来るから。この熱だけ下げてもらっていい?」
「え…でも…」
と当然困っている。
 けれど、約束した時間に約束した場所にいて、行けば必ず会えるというのはカウンセラーの大事な役目なのだ。自分が遅れた一分で死ぬことを決意するクライエントがいるかもしれないのだから、遅刻は出来ない。
「大丈夫。今までもハズキに何度もそうしてもらってるから」
重ねていうと、実に渋々といった感じで、アンは極みを発動した。
「癒の極み『枯木竜吟』」
 途端に体がスッと軽くなった。
「ありがとう。無理言ってごめん。今度何か奢る!」
 お礼と謝罪を伝えると、急いで八番隊兵舎のカウンセリングルームに向かった。
 診察に来ているのはもちろんだが、恋人が勤めていた関係で、以前から六番隊に人手が足りない時はちょくちょく手伝いにも来ていた。なので六番隊の隊員とはかなり親しい。

 しかし兵舎を出たところで、かなり厄介なことに気づいた。
 嘘だろ…。
 ここはヴァサラ軍の中なのだ。なのに、自分をつけている人間がいる。
 今となってはっきりわかった。あの追っ手たちは自分を狙っていたのだ。今週から始まったことを考えると、偽札関連のことしか考えられない。
 ちょっと信じられなかった。言ってみれば、たかが偽札の話だ。それを軍の中まで付け狙うなんて執着が異常だ。
 気配としては十数人分だが、これは1人のものだろう。そして今本体はいない。
 極み持ちを送って来たのか…?
 時間がないからここでカタをつけたい。しかし。
 ジャンニは、軍の裏の森に向かった。十数人と言ったが、もはや数十人だ。大量のマネキン人形に追いかけられているようで気味が悪かった。

 森に着くと、その全てが姿を現した。木のそれぞれに、全く同じ背格好の2〜3人が張り付いたり枝上から見下ろしたりしながら取り囲み、こちらを狙っている。
 これを全部倒して本体に迫るのは体力的・時間的に厳しい。幻覚に幻覚を見せても意味はないだろうから、極みも役に立ちそうにない。
 だが、これが極み技ならもしかして…。
 ロザリオを手に持ち、詠唱した。
「夢の極み『somnium congressum』」
 相手と同じ極みと極み技を持っている、もしくは相手の苦手な極みと極み技を持っていると見せかける物だが、ここは多分、前者が良い。
「respice in speculo/レスパイセ・イン・スペークロ(鏡を覗け)」
詠唱し指を弾くと、木にいるすべての人型が気持ち悪いくらいピタッと止まった。
しかも、森の最深部あたりに銀の粉が降っている。そこが本体位置のようだ。
 …あとは、止まっている内にこれを全部何とかしたいが。

 不意に、その内の1人が樹上から叩き落とされ、その背に乗るようにして1人の女性が飛び降りて来た。右目に傷があり、左目に蝶の刺青がある。着地をすると、腕を組むようにして青と緑のトンファーを構えた。
「何これ、すごいわね」
 全く重大事でも無さそうに笑う。九番隊隊員の繭だ。生まれや生い立ち、前夫や生き別れた子どものことなど複雑な過去があり、ずっとジャンニがカウンセリングをしてきた相手だ。付き合いも長いため、年上ながら気楽に話せる相手でもある。

 ポールモールに火をつけ咥えると、ジャンニに言った。
「で、どうするの、これ」
「カウンセリング予約が3時に入ってます。私は診察後6日が経つところで薬が切れかけている上に、今は無理やり熱を抑えてる状況ですね」
「何それ最悪。って予約が3時?あと20分弱しかないじゃない」
まだほとんど吸っていないタバコを地面に投げて踏み潰し火を消すと、本気の顔になって言った。
「…それは急がなきゃ。この人達は何?」
「おそらく私の追っ手で、周りの全員は本体じゃありません。本体はここから直進できる森の最深部にいて、今は極みで幻覚を見ていますが多分もう少しで解けます」
「なるほどね」
と、繭は森の奥に目をやった。
「私が奥に行って本体を倒すから、それまでここを保たせられる?」
「何分ぐらいですか?」
そうね、と繭はちょっと考えてから答えた。
「5分」
5分なら多分いける。
「わかりました。大丈夫です」
「翅の極み『揚羽蜻蛉』:鬼蜻蜓(おにやんま)」
繭の背中にトンボのような羽が生えた。
「すいません。ありがとうございます」
 飛び上がる直前に繭に声をかけたら、振り返って笑った。
「自分がどんな状態であっても、必ず予約時間には部屋にいてくれたこと覚えてる。だから今でも、私はあなたに話をしに行ってるの」

「どんな状態であっても」か。
 飛び去る繭の後ろ姿を見送りながら、しみじみと思う。
 クライエントは本当にこちらに話を合わせてくれるものだということを、ジャンニはよくわかっている。自分がボロボロな状態でカウンセリングをしていた時に命を救ってくれたのは、間違いなくクライエントの皆だ。

 人型が動き出した。
繭が本体に辿り着き、戦闘が始まったようだった。

 人型が自分に向かって来、降って来る。樹上が空いたのを見計らってそこに逃れると、ジャンニがいた場所に固まった人型が同時にこちらを見て、数体がかかってきた。頭上の枝にぶら下がり二体を蹴り落とし、枝を支点に後方回転をすると一つ上の枝に着地、後ろの木に飛び移る。水が流れるように残りの人型が傾れ込んで来るが、木に阻まれてスピードは遅い。
 木々に何体か登り出し、ジャンニの高さに近づいて来た。
自分がいる木に登り出した数体を蹴り落としてから隣に飛び移ると、目の前に顔を出した一体を、その下の数体が道連れになる角度で殴り落とす。
 大体10人くらいが消えた辺りで、少し開けた場所が見つかった。

 樹上から飛び降りると、残り全てが向かってくる。
  この人の壁を何とか薄くしたい。
 一斉に殴りかかって来る距離を測り身を沈めると、地についた片手を軸に一周、一気に足払いをかけた。
 前一列分がバランスを崩し地面に倒れ込んだり膝をついたりする中、薄くなった壁の頭上を一回転して飛び越え背後に着地する。
 一度目の後ろ回し蹴りで5〜6人投げ飛ばされ、周囲の木にぶつかったり地に投げ出されたりして消える。空いた場所に分け入ったストレートとフックでまた5〜6人が消え、足払いから立ち上がってきた数体にハイキックを入れると残り3体になった。
 同時にかかって来た頭上を捻り宙返りで越え背後にまわり、ハイキックを入れる。が、その三体は手応えなく消える。

 繭さんの方が終わったか。
思っていると丁度飛び帰って来て、ジャンニの前にフワリと降りる。
 いたずらっぽく笑うと聞いてきた。
「何分?」
ポケットに入れている時計を取り出して見てみると、確かに5分だ。
「さすがです。5分ですね」
「帰って来る時間もあったんだから、4分30秒じゃない?」
「あの速さで30秒もかかってないですよ。せいぜい10秒じゃないですか?何でちょっと差し引こうとしてるんですか」
言うと繭が声を上げて笑うので、ジャンニもついつられて声を上げて笑ってしまう。

 カウンセリングに来だした頃は、カウンセラーの前でしか見せない表情や言葉もたくさんあったのに、最近繭は本当に良く笑う。多分、これが本来の繭なのだろう。
 今は元九番隊副隊長のウキグモと共に、アマネとカスミという兄弟を、自分の子どものように可愛がっているらしい。
 1人の女性としては過ぎる程の過去は、普通と言われる生活に何物にも変え難い幸せを見るのではないだろうか。
 もちろん苦労なんかせず、傷つきなどしないほうが良い。でも苦労し傷ついてしまったのなら、できればそれが何かの糧になっていて欲しい。そうであればいいと願いながら、ジャンニは繭に尋ねてみた。

「繭さん。昔のことは、もう思い出にできましたか?」


⑤ワグリ

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