ヴァサラ幕間記18
9 ジン見守り隊とギリギリの線
「お前、降水確率50%って傘持つか?」
ニルヴァーナはふと、スレイヤーに聞いてみた。
「おお何だ、雨でも降りそうなのか」
傘を持つとか持たないとかの期待した答えは返って来なかったが、ニルヴァーナは思う。
雨だと、一応傘を持って行く気がする。女を落とせる確率だとしたら、すぐには手を出さないだろう。飲みに来るか来ないかだったら多分誘ってみる。
つまり何かというと、
…五分五分って、そんなにアテにできる確率じゃないよな。
ギリギリまで手を出すなと言われた、助けに行こうとしている相手についてパンテラが言っていたことが、今更ながら気になって来たのだ。
現場にたどり着いたら、果たして悪い予感は当たっていた。
…これはもう、ギリギリなんじゃないのか…?
という訳で、またスレイヤーに聞いてみた。
「おい、ギリギリってどのくらいだと思う?」
「そりゃ…」
といいかけたスレイヤーは、ジンおよび向かい合う敵を目にすると答えた。
「…死んでないってことじゃないか?」
お前、絶対今の瞬間で答え変えただろ。
と思ったことは口には出さなかったが、どう考えてもジンでは力不足だ。あの時はその場の雰囲気で何となく来てしまったが、助けるために副隊長2人が派遣されてるところがもうおかしい。
辛うじて死んでないかもしれないんじゃないか?くらいで連れて帰るのは、さすがに違うだろう。もうちょっとギリギリについてを詳しく聞いておくべきだった。特にジンの状態についてを中心に。
「おい、ニルヴァーナ。あいつやべーな」
追い討ちをかけるように、スレーヤーがいつもの半笑いで言った。
そうこうしている内に、出るわけもない「ピエトロ・ピエロ」を叩き落とされているではないか。
お前、真面目にやれ!
若干イラッとするニルヴァーナだが、敵も同じ気持ちらしい。
「これ以上お前にやる時間は無ぇんだ」と、ちょうど言われているところだ。
納得のセリフに頷きしかない。こんな実力程度の相手に良く付き合ってくれている方だ。そう考えると、この敵の前にジンを置いて行ったパンテラの気持ちがわからなくもない気がした。
「あいつバカだな。戯びは終わりだとか言われてるぜ。ありゃ死ぬな」
冷静に解説しているお前は何だと思いつつ、いい加減行かないといけないだろうなと見ている目の前で、「巌流。周断ち!」と技名が聞こえる。さらに、
「巌流奥義。燕返し」
と静かな技名呼称と共にカサーベルを弾き飛ばされ、袈裟懸けに斬られてしまった。
…うわっ。死んだ…
「心肺停止状態」と言い訳をしながらジンを持って帰る自分の姿が見える。
「あいつ死んだな」
またも追い討ちをかけるように、スレイヤーが言った。
行かなきゃな…
思うのだが、我ながら思った以上のダメージを受けているらしく、死体を直視したくもないし回収のために動きたくもない。
「お頭、あいつ気に入ってたのになあ」
とスレイヤーがここでも追い討ちをかけてくる。
あんなに追いかけ回してたもんな…。
それが愛情表現として正しいかどうかはともかく、かなり気に入っていたのだけは確かだ。
「そっかあ。何か持ってると思ったんだけど、見込み違いだったね★」
と弱いなら仕方ないとばかりに言いながらも、内心かなり引きずるであろうパンテラがありありと想像でき、自分のショック以上に心が痛い。
あの敵も、怒りで本気の殺意を向けるパンテラの前には勝てないんじゃないか。
そう考えれば、早くジンの遺体を持って帰り敵討をする方がいいのだろう。
「行くか…」
とスレイヤーに声を掛けかけた時だった。
「お、あいつ立ち上がったぞ」
スレイヤーが、ニルヴァーナに追い討ちをかけないセリフを初めて言った。
立ち上がったジンの足元はおぼつかなかった。最初に見た時よりボロボロだし、体力もほぼ残っていないだろう。なのに何故だろうか。ギリギリの気が全くしない。
ゴクリと息を飲んだ時だった。
琴線のように張った空気が、微かに震えながら降りて来る。それがジンの周りに停滞し、じわりと広がる。と、空間の大気を巻き込みながら一気に広がった。
極みが発動した時は、独特の「匂い」がする、とニルヴァーナは思う。
発動者に周りの全ての気体が静かに集まり、そのせいで気温が変わるような空気感があり、それを清涼な香りのように感じるのだ。
酸素が薄くなった気がして、思わず息を大きく吸い込むと、その「匂い」がした。
…こいつ、極みを発動したのか?
極みを発動する人間の、まさにその時をこんなにしっかり見ることなど稀有だ。だが、それだけではない高揚感が、自分の中に確かにある。
おいパンテラ、お前の見込みは正しかったぞ。
どうせどこかで見ている隊長に、心中話しかける。
こいつは多分、「持ってる」。
ニルヴァーナが、止めていた息をふっと吐き出した時。
敵の姿が、地に落ちた。
崩れ落ちそうになる新入りを支えながらかけた、労いの言葉は優し過ぎただろうか。
だけど、嬉しいじゃないか。
自分たちの隊に前途有望な若者がいることが。その若者がこのファミリーを気に入ってくれていることが。
そしてやっと、後輩を育てられることが。
けれど、その気持ちが表れているのは、僅かに上がった口角だけだ。
スレイヤーもパンテラもジンも。
ニルヴァーナの喜びの大きさなど、知る由もないのだった。
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