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スピンオフ4

 前日美華に叱られたこともあり、満月はもちろんお見舞いに行こうとは思っていた。13時から19時までが面会時間なので、できるだけ長時間会おうとすると12時半くらいには家を出なければならない。
 だがこの、朝起きてから昼までの時間というのは結構曲者だった。昨日寝る時も今日起きた時も13時には着けるように家を出ようと思っていたのに、1人でまた悶々と考えてしまう。そして、そういう時に思いつくことは大概悪いことだ。
 千聖は多分来て欲しがってると言っていたが、それは姉ちゃんが勝手に予想しただけで違うかもしれないしとか、会いに行っても部屋にも入れてもらえなかったら立ち直れないとかグルグル考えている内に13時はとっくに過ぎ、間も無く15時になろうとしていた。
 とにかく千聖のことは人生の最重要事項なのだ。なんとかしたいと思いながらも悪い事実なら見るのを先延ばしにしたいという気持ちもあったりして、つい二の足を踏んでしまう。

 唐突に電話が鳴った。
もしかして千聖かもと思い、光速で電話をとったら弥幸だ。
「…ああ、弥幸か」
その言葉があまりにも気抜けしていたからか「悪かったな千聖じゃなくて」と満月の言葉を一旦受ける。それから、有無を言わさぬ調子で続けた。
「お前、つべこべ言わずに千聖に会って謝って告白しろ」
「それが入院してるみたいで…」
言った瞬間、
「は?じゃあさっさと病院行け。なんでまだ家出てないんだよ」
そう言い放った弥幸に電話を切られてしまった。
 ホントそうだわ。
電話のロック画面で動物に囲まれて笑う千聖を見ながら、満月は思った。
 こうやって日和ってた結果が今のこれだもんな。

 大人の足で急げば徒歩15分もかからない大学病院分院に着くと、満月は急いで受付に行った。だが病室を聞くと、もう退院したらしい。同じ道を行き帰りするはずなのに、どこですれ違ったんだろうとそのまま帰ろうとしていた時、声をかけられた。
「常磐寺千聖くんのご関係者ですか?」
振り返ると、若い医者がいる。
「今回担当させていただいていた獅子田です」
と会釈してきた。
「彼なら30分くらい前に病院を出ましたよ。お見舞いに来るのを彼が待っていたのはあなただと思うんですが、すれ違いになって残念だな」
満月は丁寧に頭を下げる。
「千聖がお世話になりました。教えてくださってありがとうございます」
そしてUターンして、ほとんど走るくらいの速さで病院を出た。
 多分、あれは常磐寺くんが好きな人だろう。
その背中を見送りながら、正義は思った。
 悩む必要もないくらい、彼もずいぶん常磐寺くんが好きなように見えるがな。

 家に戻った千聖は、カップアイスを見てため息をついていた。
自分へのご褒美に買って来たものの、あまり食べたいと思えなかった。
こうして家に帰って来てもポツンと1人では嬉しくもないし、何をしていいかわからない。
 コクロと友達になったことや、担当の正義先生がとても良い人だったこと。大学院にいるから会いに行こうと思ったらいつでも行けそうで嬉しいことや、先生には好きな人がいるみたいだけど誰だろうねとか、そういうことを満月にたくさん話したい。
 隣に満月がいないと、全然家に帰った気がしないよ…
動く気になれずしばらくアイスを見つめていたが、このままじゃ溶けるしと台所まで行き冷凍庫を開けていると満月の声がする。
 会いたすぎて幻聴が聞こえ出したのかな。
気のせいだと思い冷凍庫にアイスを入れてドアを閉めたが、やはり声がする気がする。
 台所の裏口を開けてみると、小さな庭を隔てた裏門がドンドンと叩かれた。
「千聖、いるかー?」
と、今度は明らかに満月の声がした。
靴を履く時間も惜しくて、スニーカーを突っかけると裏門へ行く。
門を開けると、何日も会いたいと思い続けた満月が息を弾ませて立っていた。

 裏門が開くと同時に満月は口を開いた。
「告白してくれてスッゲー嬉しかった。俺も千聖と恋人として付き合いたい」
いつもなら入れてしまいそうな言い訳じみた言葉は全部心から消して、それだけを言う。
 しばらく固まっていた千聖の表情がクシャッと崩れた。
と思うと一気に目が潤み、涙が溢れ出す。
「僕…これからは全部1人でって…でも満月大好きだからすごく淋しくて…っ、なんかアイスも買っちゃって…けど満月いないと全然食べる気にならなくて、もう冷凍庫に入れちゃってっ…満月のこと大好きだから…っ」
それを満月はうんうんと聞いていたが、だんだんしゃくり上げるように泣き出したので柔らかく抱きしめた。
「満月大好きぃ」
ギュッと抱きしめて来る千聖のフワフワの髪を撫でながら答える。
「淋しい思いさせてごめん。入院頑張ったな。アイスは後で一緒に食べよう。俺も千聖大好き」
しばらく胸で泣いていた千聖が、涙が止まっても収まらない横隔膜の痙攣にケホッと咳をする。
満月は急いで体を離し、千聖の背中をさすりながら言った。
「大丈夫か?息苦しくないか?ああもう、そんなに泣くから」
千聖の涙の跡を拭くと、ヨイショっと背負う。
自分の家に急ぎながら、着いたら机片付けて布団敷いて…と、いつもの手順を辿っていたが、ああと思う。
 もう布団敷かなくても、俺のベッドに寝かせればいいんだ。
そしたら千聖ん家のアイス取りに来て持って帰って、半分こしたら抱き合って寝よう。


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