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母業ブルース

 娘が昼寝をしてくれなくて、私のメンタルがガタつく話。
 ちょっとだけ生々しい、感情コントロールの話。

***

 最近、娘の「昼寝したくない」意地っぱりが続いている。寝ずにそのまま夜の就寝まで保つなら良いのだが、風呂後にぱたりと寝てしまい、ご飯のために起こすと、短時間睡眠のために超絶不機嫌で延々と泣くことになるのでややこしい。
 その上、娘が気を抜いた瞬間をどうにか捉えることが出来たら、運良く昼寝に成功したりするもんだから、こちらも何とかその瞬間を捉えようと待ち構え、ムキになってしまうのだ。

 今日もそうだった。
 午後1時半。手も足もあったかくて明らかに眠そうのに、寝たくない!と私の腕の中で暴れまわる娘。

「寝る努力だけしよ?」
「早く寝たら、起こされなくてすむよ?」

 そんなことを言って聞かせても、全然だめ。ソファと私を交互に蹴り、腕から脱出しようとする。
 それじゃあ、と、蹴るもののない床のお昼寝マットに寝かせ、添い寝をスタートさせてみた。思ったより大人しく、タオルを掛けられたまま仰向けで宙を見上げる娘。そんな娘に腕をまわし、横になること数十分。気づけば腕のなかに娘はおらず、私だけが寝落ちてはハッと覚醒し、滑り台を登ろうとする娘を呼び戻し、また寝落ちるという繰り返しだった。
 結果、私だけが異常に眠い仕上がり。

 こりゃいかん、とブロックで遊んでいる娘を抱き上げて、再びソファに舞い戻る。
「寝るよ!」
「ママずっと待ってるよ?」
とはっきりお伝えしても、なお寝たくないとぐずる娘。そうこうしているうちに事件が起きる。
「いたっ!!」
 娘に肩を噛まれた。だが、うちの娘に人を噛む癖はない。本人もちょっと戸惑っていたし、おそらく何かの拍子で歯が当たってしまっただけだろう。
 だけど、そこで私の中の何かがぷつんと切れた。泣いた。しんみり泣いた。
「娘ちゃんの大事な時間は、ママの大事な時間でもあるんやで」
「娘ちゃんが言うこと聞いてくれないなら、もうママも言うこと聞かないよ?」
「わかった。もうお昼寝しないのね」
 そう言って、カーテンを開け、電気を付け、そのまま部屋を出た。

 数秒後。私が出ていったことに気づいた娘は泣き出した。ドアの裏に身を潜める私。もちろん、娘の泣き声はいっこうに止まない。ドアのガラス部分から様子を覗く。追いかけてドアを開けることが出来るはずの娘は、一歩も動かずその場で泣き続けていた。怒っているのか、悲しんでいるのか。私にも、娘自身にも分からない。

 こんなこと、しなくていいんだろう。ぱたりと寝落ちるまで、娘の気が済むまで、遊びに付き合えばいいだけのことだ。これは、思い通りに昼寝をしてもらえなかった腹いせか、八つ当たりか、意地悪か。自分の感情を娘に補填させようとしているんじゃないのか。だけど、私だって。距離を取りたい。どうして今日はこんなに悔しいのだろう。そんな考えが頭の中をぐるぐるする。

 そうこうしている間に、泣いている娘がドアの近くまで来た。私は黙って部屋に戻る。驚いた顔で泣き止む娘。無表情の私。しばしの沈黙。娘は近づいてこない。目を伏せ、次の行動を考えるようにしばらく周囲を見回したのち、何ごともなかったかのようにおもちゃを手にとってカップを積み上げ始めた。

「ああ。お前はそこにいろ、と。私の安心のためにそこにいろ、と。そういうことですか」

 いつもなら、「娘の安心のためにそこにいる」ことに喜びを感じる私だが、今日は違った。腹がたった。そしてまた部屋を出た。さすがに泣く娘。
 こういうことを繰り返すと、娘の見捨てられ不安が高くなってしまうからまずい、と、私の中で「娘の見捨てられ不安への不安」が高まったので、すぐに部屋に戻った。

 正直まだ全然腹が立っていたのだが、娘のマグが空になっているのを見つけたので飲み物を入れた。部屋を出るまでは臭わなかったウンチの臭いを感知したので、真顔のまま、ほやほやウンチを回収した。

 服を着せたら抱きついてきたので、今度こそ寝てくれるかと思い、部屋を暗くしてソファに横になるも、ものすごい抵抗を見せる娘。私も私でそんな娘をガッチリホールドするのだが、娘はよけい意地になる。結局、再び「もう知らん」と野に放ち、部屋を明るくした。

 そこからの私はいじけた。露骨にいじけた。つきまとってくる娘から逃げながら、背中を向けて三角座りしながら、無言でどうぶつの森をプレイした。

 なにをやっているんだろうな、と思った。娘は寝たくない。眠いけど寝たくない。それだけだ。そんなの、これまでも幾度となく経験してきたはず。寝ないのは娘の権利だ。私が勝手に寝てほしいと思うから駄目なんだ。期待値をコントロールしなくては。
 頭では分かっているのに、気持ちがついてこない。

 娘が、私から離れておもちゃで遊びだした。
 いつもの私よ、戻ってこい。このやり取りに先はない。娘に八つ当たりしたところで、何も得られない。ネガティブな感情を人に引き受けさせようとする人間になんてなりたくない。このままずるずるやっていても、娘のみならず自分をも不幸にするだけだ。

 どうしたい?これをどう終えれば、自分は満足するだろう。
 このままどうなったら、自分は激しく自己を嫌悪するだろう。

 …喧嘩したまま、娘が一人で寝落ちたとき。泣きながら、私にそっぽを向かれた悲しみのまま、娘が寝落ちたとき。そして、その寝姿を見たとき。この愛おしい生き物が、どんな悲しい夢を見ているのだろうと思うとき。

 ああ、最悪だ。それはもう、考えるだけで最悪だった。それだけは絶対に阻止しなければならない。そんな姿、絶対に見たくない。
 先刻からのモヤモヤ・イライラを残しながらも、それだけを強く思った。

 背中を向け、ソファで横になる私に、再び娘が近づいてくる。私は動かない。よいしょ、よいしょと、娘は私をよじ登る。
「どじょ!」
と娘が渡してきたのは、キリンのパペットだった。これで私が「娘ちゃーん、チュッチュッチュ!」とするのが、娘は好きなのだ。

 …だからさ。いつでもかんでも、楽しませてあげる役に徹してられないんだって。お昼寝はしてくれないのに、ママへの要求ばっかりじゃん。と、先程の反省はどこへやら、お昼寝をいつまでも根に持つ私は、受け取ったパペットをそのまま床に放った。

 娘は泣いた。
 私も言った。
「優しくして!ママあの時痛かった!」
 なんと私は、昼寝をしてくれないことだけでなく、噛まれたこともまだ根に持っていた。泣きながら、私の頭をなでなで(ぺしぺし)する娘。

 それで、ようやく言えた。
「ありがとう。ママもごめんね」
 娘をぎゅっとする。分かっている。私が子供っぽすぎる。分かっているのに、なぜか今回は自分の感情を持て余してしまっていた。

 和解の雰囲気を感じ取ったのだろう。
 ホッとしたのだろう。
 寝かしつけを始めてから二時間。
 嬉しそうにニッコリした娘はそのまま、十秒ほどでコテンと眠りに落ちた。私の腕の中で、「あよ!(おはよう)」と言いながら。

 私はその寝顔を見ながら考えた。
 どんな夢を見ているんだろう。最悪の結末は免れただろうか。どうか、悲しい夢を見ていませんように。

 娘を寝床に横たえた私は、猛然とチョコパイを食べた。疲弊した心身に、濃い甘さが効いた。


***


 いつも書いていることですが、心の余裕がなくて娘とギクシャクしたな、と思ったら、だいたい私は体調を崩しています。

 そして案の定、今日も雲行きが怪しいです。
 心の余裕は身体の余裕から。
 はよ寝ます。おやすみなさい。

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