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【感想】「孤島の鬼」を読んでみた。

 江戸川乱歩の長編作品「孤島の鬼」を平日なのに徹夜で読み切ってしまった。
 過去に一読済みで話の筋は知っているハズなのにどうしても中断できず、気がついたら夜が明けていた。

主人公は小悪魔系?

 そもそものきっかけは大須賀めぐみ氏作「マチネとソワレ」の宣伝ツイートだったのだが(この漫画じたいとても気になる)、ツイートで公開された範囲で引っかかったのが「小悪魔系カワイコちゃん・蓑浦」

 え? 「孤島の鬼」の主人公ってそんな感じだったっけ……?

 初読のとき、私は例の洞窟のシーンで主人公・蓑浦に迫る諸戸を「けだもの」として描写された一連の文章に嫌悪を感じ「思ったより自分には合わなかったな……」と程なくして文庫本を古本屋に売ってしまったのだが、(語り手であるにも関わらず)蓑浦についてはあまり深く考えて読んでいなかった(今思えば本当に愚挙だった)。

 俄然興味の湧いた私は「孤島の鬼 感想」でググってみた。すると「魔性のノンケ」「小悪魔」「作中で一番の鬼」というのが割と一般的な蓑浦評である模様。そして当然のようにサジェストに出てくる「孤島の鬼 諸戸 かわいそう」――これはもう最初から読み直すしかないでしょう。

 「孤島の鬼」は比較的最近青空文庫に収録されたとの事で、neo文庫アプリで一晩掛けて読了。読み終わったら夜が明けていた。

今更だがあらすじ。(ネタバレあり)

 主人公・蓑浦は同僚の初代と恋に落ち結婚の約束をする。その際、初代は指輪のお返しとして、現在の養母に拾われる前から持っていた系図帳を蓑浦に渡す。

 そこに割り込みで縁談をねじ込んできたのが蓑浦が学生時代に下宿先で知り合った年上の親友・諸戸道雄。しかし諸戸は八年もの間蓑浦に恋情を抱いており女性嫌いも打ち明け済み。蓑浦は諸戸の目的が初代との仲を裂くためではないかと推測する。

 初代は(彼女の養母から見て)より好条件な諸戸の求婚には目もくれなかったが、密室で胸に短刀を刺され殺されてしまう。
 復讐を誓った蓑浦はこれまた年上の友人・深山木に初代の系図帳を預けて探偵を依頼するが、深山木は一週間ほどどこかに調査に行った後、衆人環視の海岸にてこれまた短刀で刺し殺される。

 海岸で諸戸を目撃した蓑浦は諸戸を疑うが、諸戸は初代への求婚で蓑浦を苦しめ初代の養母を殺人の容疑者にしてしまった罪滅ぼしとして独自に事件を調査していたのだった。諸戸は二人の殺人の実行犯を見つけていたが、犯人は黒幕によって始末されてしまう。

 黒幕の目的が初代の系図帳(に書かれたお宝の暗号)だと判明。死の前に深山木が系図帳と共に蓑浦に送った、男女のシャム双生児のうち女の方である秀ちゃんが書いた手記をきっかけに、黒幕の正体はとある孤島に住む諸戸の父・丈五郎であることも判明する。

 殺人以上に恐ろしい罪を犯している父を止めるため、また奪われた系図帳から父が悪事の資金を得ることを阻止する為に帰省を決めた諸戸について行く蓑浦。彼は諸戸邸の土蔵に閉じ込められた美しい秀ちゃんと邂逅し恋に落ちる。
 しかし丈五郎を止めることに失敗した諸戸は双生児のいる土蔵に押し込められてしまう。蓑浦も危うく殺されかけ、漁師の徳さんと蓑浦の影武者を務めた徳さんの息子が犠牲となる。

 土蔵の中と外とに分かれた諸戸と蓑浦は協力して系図帳の暗号の謎を解き、諸戸は両親を土蔵に閉じ込め返して脱出。その際、秀ちゃんとその片割れの吉ちゃんを始めとした、丈五郎が人為的に造りだした不具者たちを解放する。

 諸戸と蓑浦は財宝を見つけるために地下洞窟に潜るが、道しるべにしていた縄を切られて複雑な洞窟内を彷徨う羽目に陥る。満ち潮で溺れかけたり歩いても歩いても出口を見つけられずに消耗した結果、遂に諸戸は狂乱に陥り蓑浦を襲う。
 蓑浦は諸戸を拒絶し逃げまどうが遂に諸戸に押し倒され――あわやというところで死んだと思われていた徳さんと邂逅。諸戸が丈五郎夫婦の実の子供ではない事が明かされる。

 土蔵を脱出し二人の縄を切った丈五郎は発見した莫大な財産を前に狂ってしまったので、それ以上の邪魔は入らず蓑浦達は何とか地下洞窟を脱出するが、蓑浦のみ恐怖の体験によって総白髪となってしまった。

 その後、初代の妹であることが判明した秀ちゃんは諸戸の手術によって吉ちゃんと分離し、彼女と蓑浦は結婚する。一方の諸戸は実の両親のところに戻るも僅か一ヶ月で病によってこの世を去るのだった。

諸戸マジかわいそう

 あらすじだけだとサッパリ伝わらないと思うが、

 いや、もう蓑浦マジでなんなの???

 先入観マシマシで読んだから、というのもあるが、とにかく蓑浦の年上の親友で彼に惚れている諸戸に対する態度がめちゃくちゃ引っかかりまくる。

 蓑浦は(自称)年上受けする美少年フェイスであり、更にどういう仕草をすれば相手がグッとくるか解っててやってるフシがある。だがそれを発揮するのは年上の男に対してなのだ。初代や秀ちゃんにはそんなことしてないし、初代との恋では寧ろ初々しさを感じるぐらいだ。
 しかも、蓑浦は「高貴な感じの美青年」であるところの諸戸に恋心を抱かれているのをそんなに不快に思っていないばかりか、それで自尊心を満たしてすらいる。

 というか蓑浦、ことある毎に「諸戸は自分の事が好き」と持ち出してくる。しかし「妙な愛着」とか「異様な恋情」とか「常人には一寸想像も出来ない程強い恋着」とか否定的な表現が目立つ。
 そのくせ下宿時代は諸戸の気持ちを知っても銭湯で身体を洗ってもらうし、一緒に観劇するし、初代と付き合い始めるまでは恋文に一応返事は書くし、あわや溺れるかという状況で抱きしめる諸戸の筋肉と体臭を意識するし、恐怖のあまり諸戸に擦り寄るし――もう一度言う、蓑浦お前一体何なんだ。

 最初に酔った勢いで押し倒された時諸戸を「自分の夫」と意識してるんだぜ蓑浦は……。普通のBLならこの時点で墜ちてるだろうに、彼は以降一貫して「同性間の愛情は理解できないけど諸戸さんとはズッ友」という態度を取り続ける。正に魔性のノンケ。
 洞窟内でも諸戸に襲われた際はガチ拒否してるのに、貞操の危機が去ったらケロリとして諸戸と普通に接している。本当に最後の最後まで蓑浦が「こう」なのは天晴れと言うほかない。勿論悪い意味で。

 これは先人によって既に語り尽くされているが、蓑浦が白髪になったのは恐らく諸戸に襲われたからで、諸戸はそのことに気付いている。なのに蓑浦は妻が相続した財宝で建てる不具者の為の外科医院の院長を諸戸に頼むつもりだったのだ。
 恋仇の分離手術を執刀させられる、という酷い仕打ちを受けた諸戸に更なる追い打ち。しかも併設の不具者収容施設には諸戸の女性嫌悪の原因となった丈五郎の妻がいるのである。

 諸戸かわいそう。マジでかわいそう。

 蓑浦さぁ、もう諸戸を解放してやれよ……莫大な財産持ちの可愛い嫁さん貰ったんだからさ……そのカネで諸戸以外の優秀な医者を雇えるだろ……。
 蓑浦もう小悪魔じゃないよ、小悪魔通り越して作中一番の鬼だよ……。先人達の蓑浦評、ほんっと納得できたわ……。

 そもそもさぁ、洞窟の例のシーンで「私は余りに死者を恥しめることを恐れる。」って蓑浦は言ってるけど、自分が「異様な恋情」って思ってる諸戸の想いを事ある毎に暴き出すのはいいの……? 初代関連で避けては通れない事とは言え、諸戸を辱めたくなかったならもっと遣りようがあったんじゃないの……?

 あのシーン、ガチ拒否の描写があまりに生々しい嫌悪を表現してたから初読で受け付けなかったんだな、多分。ファッション拒否()との落差が酷すぎて。

 諸戸かわいそう……なんでこんな質悪い青年に惚れてしまったのか。コレガワカラナイ。

執着の矢印のほんとうの向きは?

 ここまで書いてふと思ったんですが、これ、実は蓑浦も諸戸に執着してるとかありませんかね?
 この話は「蓑浦の手記」という形式なので、そこに書かれた蓑浦が本当に全て真実なのか読者からはわからんのですよ。

 そもそも蓑浦は諸戸(や深山木)に好かれてる事で自尊心を擽られていた人物。自分をキレイに見せたいなら寧ろ伏せてもいい情報なので、この点に嘘偽りは無いと仮定。
 だとすれば自分の自尊心を満たす為に、諸戸の愛情をずっと繋ぎ止めるため、敢えて前述のような思わせぶりな行動を取っていたのかもしれない。蓑浦……恐ろしい子!

 いや、上の考えと同じぐらいの確率で、蓑浦は手記の通りの人物である可能性あるんですけどね? それはそれで無神経さが天元突破してて諸戸が凄くかわいそうなんですけどね?

 あ、初音館時代の回想を読み直したら、当時の蓑浦が通っていた学校に遊戯っぽい同性愛の付き合いが存在したらしき事が書いてあるな……。
 凄く蓑浦に良いように解釈すると、学生時代の彼は周囲にあてられて諸戸と恋愛遊戯を楽しんでいたのかもな。あくまでお遊びだから本気で迫られるのは嫌だし、相手の本気が異様に思える、と。これはこれで酷い奴だな蓑浦。

 いやー改めて読むと考察や妄想の余地がありまくりで凄い。腐女子としては魂もってかれそうで、pixivに二次創作が上がってるのも納得。なぜ初読の時に今回の熱量で読めなかったのかが悔やまれる。

ARIAコミックス版

 最後に、青空文庫読了の勢いで買ったコミカライズの電子書籍の感想。
 同性愛と並ぶ話のキモである設定が(恐らく大人の事情で?)まるっと変更されているのが残念なのだが、警察絡みのオリジナル展開は良かった。
 それに何より、ラストで諸戸が我々の言いたい事を蓑浦に叩きつけてくれるので溜飲が下がる。

 コミカライズは他にもあるし、舞台の映像もぜひ見たい。

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