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ビワイチ日記

 土地のことを知るのが好きだ。有名な場所に行くというよりも、その土地にどんな人が住んでいて、どんな風に暮らしていて、その場所がかつてどんな場所で、これからどんな場所になっていくか、山や海であれば、どんな動物や植物が生息し、その山や海が人々にとってどんな意味を持つ/持っていた場所なのか、そんな事を考えるのが趣味である。
 車やバイク、電車で旅するのも良いけれど、一番好きなのは、短い間その場所に住みながら、毎日いろいろな場所を歩いて、もっと近くで観察すること。次に好きなのは自転車で旅をすること。自転車はスピードも出せるしすぐに止まれるし、風の切り方が自由自在の道具だと思う。
 さて、秋も盛りを迎え、聖地滋賀に住みはじめたからにはさっさと行っておかなければと思っていたビワイチに行って来たので、その記録をつけておく。

輪行ログ

出発 前日2時過ぎまで飲んでいたせいで、6時に出発するはずが8時に出発に。酒が残っている疑惑の中、水1リットルとバナナひとつかみで出発。この時点では16時くらいに堅田で自転車を置き、京都まで友だちが出店しているカレーを食べに行こうなどとのんきなことを考えていた。まずは琵琶湖大橋の守山側まで約20キロ、朝の空気は爽やかで漕げば漕ぐほど酒が抜けていく。と思いきや、途中で所持金が二十数円しか無いことに気づく。カード類も全部置いてきてしまったので、かなりピンチ。鬼テンサゲ。が、もう出てきてしまったので行けるところまで行こうと開き直る。24時間ぶっ通しで100キロ歩いたことあるし、自分の限界の体力走っている、最悪自転車を置いてヒッチハイクかなんかで帰ってこれるだろうと考えていた。

My Pretty Horse  守山の有名なコンビニやピエリ横の廃墟寸前のリゾートマンションを過ぎ、本格的に湖畔のサイクリングロードに。この頃にはすっかり酒も抜け、調子が上がっていた。ロードバイクの人たちもちらほらと見え始めたが、ほそほそタイヤにカーボンフレームの高級マシンに跨ったぷよぷよ爺さんたちにガンガン抜かれるのがシャクで、結構なペースで漕ぐ。私の愛車はFujiのFeather CX Flatというグラベルロード仕様のマシン。クロモリフレームの重い車体に、フラットバー、32Cの極太タイヤというガテン系のゴツ盛りオプション。この設定にした理由はメインが街乗りだから。遠出する気はありつつも、乗車時間の95%が普段の登校及び街乗りである。フラットバーはドロップハンドルよりも小回りが利くので安全だし、何よりもパンクが嫌いだ。爺さんたちの25Cや23Cのタイヤはパンク修理が前提だけど、試験の日の朝にパンクとかされたくないので、金積んでタイヤだけはパンクしない良いやつを履かせた上に32Cという極太仕様にした。街ナカは段差も多いし、金属片とかガラス片とか天然のマキビシがたくさん巻かれているので、太い方が安心である。だが、直線で勝負するとスピードは圧倒的に負ける。漕ぎ始めはロードとのスピードの差に愕然としていたが、終盤になるにつれてこの設定で良かったなと思った。というのも、25Cだったらアウトだったなというブツを何度か踏んでしまったから。特に暗くなると、変なものを踏みやすい。クロモリの衝撃吸収能のおかげで尻の皮が剥けるといったこともなかった。

消耗 途中でゆるポタ壮年夫婦とペースが合い、彦根あたりまで前を引いてもらう。が、途中でどこかに寄る寄らないで夫婦喧嘩が始まり、停車。そこから先はしばらく一人旅。夫婦には仲睦まじくいてほしいものである。長距離初心者の私は、このあたりで2.8のギヤ比を踏むのがかなりしんどくなったことにショックを受ける。「え、普段の街乗りでは平地なら3.3くらい余裕で踏めるるのに、まだまだ序盤なのに、もう2.8が踏めなくなった? 俺も年なのか?これが噂の三十路ってやつか?」などと心理的なダメージがデカかった。が、あとから考えてみると、これは向かい風と甘い上り坂のせいであった。自転車行の疲労を決めるパラメーターは3つで、車体と漕ぎての重さ、空気抵抗と斜度である。近江八幡〜長浜は北の山から湖と平地に吹き下ろしの風が吹く。帰ってから天気情報を見ると、そこそこ風の強い日だったらしい。加えて、単騎漕ぎ。しかも、斜度0.5~1%とはいえ、賤ヶ岳あたりまで50キロほど甘く上り坂が続く。



恵み 長浜の市街地でなぜか4匹も撥ねられた猫の死体を見てしまう。初めて長浜にいったのだが、私の中で長浜は完全に猫が撥ねられる街として記憶されることとなる。下がったテンションの分斜度の上がった道を湖北目指して頑張って漕ぐも、水鳥センターの近くで完全にバテ、ヨロヨロとピットイン。グリコーゲンの枯渇を感じる。前の週は試験勉強もあり、カーボローディングを怠っていたし、前日は飲み会などして、むしろ糖質を消費していたのに、締めのラーメンも食い忘れていた、準備不足だった、などと考えていると、リュックに普段使っていないSuicaが入っていることが判明。自販機にかざしてみると、なんと2000円分近く入っているではないか。運が向き始める。と同時に、この時点で、京都行きは諦め、自宅に無事帰るという目標に切り替える。


折返し 湖北のトンネル近辺の道はめちゃカッコいいヴィンテージカーを走らせている人が多数。とても絵になる。80年代のものと思われるカフェオレ色のHILUXが今回のトップ賞。トンネルを抜けると、突如として山陰の空気になる。湖畔はあんなに晴れていたのに、こちらはどんよりと曇っていて寒い。山に囲まれ、空が低く狭く、どことなく寂寥感を感じる。と思っていたらいきなり賤ヶ岳の坂、気合で漕ぎ切ってやろうと意気込むものの、あっけなく終わる。学校までの坂を毎日漕いで耐性がついたようである。琵琶湖畔の道は急激なアップダウンは殆どない。賤ヶ岳と西浅井の2箇所くらいだ。クライム、ダウンヒルの爽快感が好きな人には物足りないだろう。


チェット 塩津を回ると疲れに慣れてきたのと、甘い下り坂になったのとで、つらさは感じずに漕げた。特にマキノ周辺の湖岸の道は紅葉が素晴らしく、うっとりとした気持ちになる。私はウエストコーストの方が圧倒的に好き。途中、小さなオートキャンプ場もいくつかあり、チェット・ベイカーを聴きながら撤収作業をしている夫婦がいて、つい立ち止まって聴き入ってしまう。しかも、借金と薬漬けになりケンカで歯を折って身を持ち崩しかけたあとに、西海岸で一旗揚げた時期の演奏。西岸繋がりかよと思っていたら、余っているからとコーヒーをごちそうになる。うまかった。西海岸意識してますか?と聴いたが、いや適当に流しているだけ、との返答。その他にもフォトジェニックなポイントが次々と出てきて、いちいち足を止めていたらだいぶ時間を食ってしまう。

West Coast 近江今津に入った頃にはすっかり日が傾き始め、焦って自宅までの距離を調べると約60キロ。絶望的な気持ちになるが漕ぐしかない。このあたりも本当に気持ちが良い。突如として巨大な風車が出てきたりして、ドン・キホーテ/パンチョ気分も味わえる。夕映えの風車は美しくも恐ろしい感じがした。ドン・キホーテが風車を怪物と見間違えたというのもなんとなくわかる。それから、近江舞子のいきつけのキャンプ場にも寄って夕焼けを見る。半年で4回も来てしまった。琵琶湖の西岸から見る景色は本当に好きです。イーストコーストとウエストコーストの違いについて(後述)ぼんやり考えながら漕いでいるうちに大津市へ。大津の北の方は別荘地である。本当に良いところだと思う。京都も近いし。別荘地の道は整備されていてとても走りやすかった。

ゴール そろそろなにか食わないと動けなくなるなと思ったところで、ようやく堅田。かなりつかれていたが、天下一品堅田店は全国でも数少ない交通系ICカードが使える店舗だということが判明、Suica残額特攻(ブッコミ)の拓。琵琶湖大橋を回ってゴールとなったが、次は琵琶湖大橋から比良山系に落ちる夕日を眺められたらなあと思った。家までは草津のメロン街道というふざけた名前の道を通るのだが、道が細い上にとんでもないスピードで車が飛ばしてくるし、避けるとメロン畑に落ちるので、最後のエネルギーを振り絞って細心の注意を払いながら通過。ここが一番危なかったかもしれない。全190キロを14時間で終了。
 

Tips(次回の自分に向けて)

サングラスはあったほうが良い。日差しというのもあるけど、一番は風邪対策。コンタクトをしていたこともあり、長時間風にさらされて目が乾くと、だんだん疲れてきて右目と左目の像が合わなくなったりする。注意力が落ちてきて危険。

グローブもあったほうが良い。手が冷えると不快だし、しんどいので。また、サポーターとしても有用。前傾姿勢で漕ぐとハンドルを握る手にかける体重の配分が大きくなる。フラットバーの場合、過伸展位で手首をキープすることになり、尺骨神経が圧迫されて薬指小指が痺れてくる。手首の負担軽減防止のサポーターの意味合いも込めてグローブ必須。


重い鍵は置いていったほうが良い。普段は街ナカに止めることも多いので、パフォーマンスの意味合いで2キロ近くある太めの重いチェーンの鍵をつけているが、ビワイチの最中は長時間自転車から離れることはないので、100均とかで軽いのチェーンを勝手付けていくべき。ざっくり計算3−5%くらい消費エネルギーを減らせる。


誰かと一緒に行けるなら絶対に一緒に行ったほうが良い。隊列を組んで漕いだほうが圧倒的に楽。人数は多ければ多いほうが良い。2番手は先頭の人の8割、3番手は6割くらいの力で漕げる。特に、近江八幡〜湖北間は地形的に常に山からの吹き下ろしの風が吹いていると思われるので、体力温存のためにも隊列を組んで走った方が後半楽しい。隊列組む場合はハンドサインをきちんと覚えていくこと。
コンビニは結構ある。一番コンビニが無いのは長浜〜塩津間か。携行食や水には困らなかったが、心配なら長浜で補給しておくと良い。


今回は一日突貫で行ったが、本来は一泊二日のスケジュールが良い。朝イチで出て、奥琵琶湖に泊まり、時間があれば釣りやキャンプなどを楽しんで、翌日はマキノのメタセコイア並木などに寄り道しながらゆったり回るというのが、良いのではないでしょうか。その分2日連続晴れという日を狙わないといけないので天候リスクは大きくなるけど。

その他

塩津について 琵琶湖の最北端塩津は三方を山、南を湖に囲まれた静謐かつどこか神秘的な雰囲気を感じさせる場所で、とても好きだった。30分くらい音楽を聴いていた。初めて地名を聴いたとき、「ははーん、かつて北陸から塩を運んできたルートだから塩津なのだな」と思っていたが、まさしくその通りだった。塩津からは海路で京都まで運んでいたのだろう。長野の塩の道など、塩を運んでいたルートをトレースするのは面白い。近世以前、化学的製法が確立される前、内陸の人々の生命線は塩、その運搬経路に沿って町や道が発展してきたという事実は、この頃は高校生でも知っていて世の中の常識になりつつあるらしい。


West Coast/East Coast  琵琶湖の東岸は知的でインダストリアルでソリッドなイメージ、西岸は牧歌的で少しゆるくてヴィンテージでエレガントなイメージだった。偶然にもアメリカの東岸西岸のイメージにも一致する(大陸と水が反転してるけど)。それは道の作りにも現れていて、東岸の道はサイクリスト用に整備された直線的な道で、大きな公園があったり、護岸処理などされているところも多かったが、西岸は地形に合わせて曲がりくねった古い道が多く、水がすぐそこまで打ち寄せていた。以下私見であり、文献などにはあたっていないが、漕ぎながら考えたことを記しておく。最初に地形的なことをのべておけば、私が見た限りでは、西岸沿いの湖は水深が一気に深くなっており大きな船も航行しやすそうだったが、東岸は遠浅で葦が群生するような湿地帯が多く、船の航行には不便な地形であった。証拠に、西岸は水が透き通っているが、東岸は湖底を巻いてきたような濁った水が打ち寄せていた。歴史的な観点から言えば、古来、琵琶湖が水道として発達したのは近畿地方の都と北陸地方を結ぶ海運需要がその起点であった。故に、奈良〜室町時代あたりまでは西岸のほうが賑わっていたと予想される。港町も自ずと湖岸にできる。しかし、時代が下り、日本経済のグラビティが東に移るにつれて東海道の陸運需要が増し、東岸の街が東海道とともに江戸時代以降に宿場町として発展した。証拠に、東岸の東海道沿いの街は中心部が湖岸からかなり離れている。故に、東岸の湖畔はあまり人が寄り付かない場所だったのだろう。さらに時代が下って、工業や倉庫用地としての需要、ビワイチなどの観光需要、トラック用の広い陸路の需要などから、新しく道が整備され今の形になったというのが、東岸の成り立ちと予想される。道の作りや風景などは地域住民が意識的/無意識的に作り上げるものである。どのような人がその地域に住んだり、その地域をりようしているのかというのは風景に如実に現れる。西岸と東岸で人の気質もだいぶ違うのだろうと予想した。

おわりに


滋賀に住んでいて、自転車に乗れるのに、まだビワイチを体験していないなら、今すぐ旅に出るべき。また行きたいし、何度言っても、季節ごとに新しい発見ができるルートだと思った。

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