生きる

好きです。くしゃくしゃに丸めて口の中にいれてよ。
そんなことを言うから、僕は彼女をびりびりに破いてごみ箱の中に捨てた。燃えるごみなのか燃えないごみなのか迷ったけど、結局燃やすことにした。だって僕も彼女のことが大好きだったから。

ごみ出しがすんで、僕はオムライスを食べに商店街に出た。はじめてから200年くらい経っていそうなお店に入ってわかめスープをくださいと頼んだ。ミニスカートの女の子が昔懐かしいオムライスを持ってきてくれた。お腹が空いてたのでストローで吸っていたら、コップの底に残ったのはひよこだった。ひよこは丸くて黒い目をこちらに向けてぴぃとなく。可愛かったのでコップをひっくり返して取り出して持ち帰ることにした。

お店を出て10年も旅をすると、ひよこはすっかり大きくなった。僕の妹と同じくらいあるんじゃないかな。ひよこは、恩返しをさせてください、しばらく向こうを向いてこちらを見ないでください、と言ってきた。僕は夏なのに黄色いマフラーなんてほしくなかったから、結構ですと断った。するとひよこはこけこっこうと言って体を白くさせやがった。僕はすっかり頼まれていたおつかいを思い出した。左手には牛乳とおしょうゆの入ったビニール袋。あとなんだっけ、じゃがいもとクレソンだったかな。

商店街に戻ると人があまり見当たらなくて、おじさんが道の真ん中に立って月を眺めていた。こんなところに立っていちゃ迷惑だなあと思っていると、おじさんが耳もとでおやすみなさいと言った。どこまでも失礼なおじさんだ。とりあえず、お花屋さんの場所を聞いてみる。クレソンが買いたいんだけど、忘れちゃったんだよね。おじさんは、夜だからやってないよ、と教えてくれた。しょんぼりしかけていたらおじさんは僕にお餅と菊の花を一束くれた。お代はこの月夜でいいよ、だって。生きていればいいこともあるものだなあ。お母さんのところへ早く帰らなきゃ。

うちに帰るとお父さんは知らない人になっていた。お母さんに、これは僕のお父さんじゃないよ、と言うと、さいこんしたのよ、と言われた。僕は悔しくて悲しくて、今までの思い出がすべてつまった牛乳をお母さんに投げつけておしょうゆを知らないお父さんにかけた。お母さんは健康になって嬉しそうだったし、お父さんは嫌がっていた兵役を免除された。僕のおかげで前はつかめなかった幸せを手に入れたんだ。今度はきっとうまくゆく、僕は確信した。

平凡で幸せな日々が続いた。朝がきたり夜がきたりした。かき氷をしゃくしゃくと食べていると警察がうちにきた。分かりやすい平凡の壊れ方だね。とりあえず警察にもかき氷をおすそわけした。かき氷のうえに乗っているさくらんぼが可愛いですねと言われて嬉しくなって、世界中のさくらんぼをあげた。冷蔵庫から出しちゃったので、さくらんぼはぐじゅぐじゅに腐っちゃた。警察の人は公務員だから、ちゃんと全部食べますよって言ってくれたけど、警察の人に倒れられちゃこまるので、ほとんど僕が食べた。

夜がきたら次は必ず朝だった。朝がきたら次は昼だった。昼の次は夕暮れで、夕暮れの次は夜だと思っていたけど、たまにこないってことが分かった。
僕は迷っていた。夢の中に生きるのか、幻覚の中に生きるのか。
明かりのもれているカーテンをめくって僕は窓からひょいと飛び降りた。僕の生きる場所はここだったんだ、と気が付いた。

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