幻の『八つ墓村』1969
数多く映像化されてきた横溝正史の作品のうち、最も繰り返し映像化されたのは『犬神家の一族』と『八つ墓村』である。今のところ、共に映画3回、テレビ7回というから、この2本ばかり映像化しているような印象を持つのも当然だろう。
この2本が最初に映像化されたのは、片岡千恵蔵が金田一耕助を演じた東映のシリーズだが、共に原盤が現存しないと言われており、観ることが叶わない。もっとも、近年は修復技術が向上し、かつては〈原盤損傷〉を理由にテレシネ出来なかったフィルムも、1コマずつスキャンすることでデジタル修復を行い、幻の映画が不意に姿を見せることがある。つい最近も東映の「警視庁物語」シリーズのロスト・フィルムと言われていた『警視庁物語 謎の赤電話』が東映チャンネルで放送されたばかりである。
そして、今月の東映チャンネルには、『八つ墓村』が登場する。と言っても、前述の千恵蔵版ではなく、1969年にNET(現テレビ朝日)の「怪奇ロマン劇場」という枠で放送された最初のTVドラマ版で、主演は何と田村正和。こちらも原盤が残っていないのでは? と言われていただけに、本放送以来、実に53年ぶりの再登場に興奮せずにいられない。
とはいえ、原作が超大すぎることもあって、映像化にはスケールも脚色も難易度が高く、10回にわたる映像化のうち、筆者がこれまで観た7本に限定すれば、いずれも一長一短で、いまだ決定版と言える傑作は現れていない。今回放送される1969年版は、1時間枠で製作されたため、本編はわずか48分。そんな時間で何が出来るものかと、過大な期待を抱かずに観たところ、これが意外にも映像化された中では1、2を争う上出来の部類で、すっかり堪能してしまった。
400年前の落ち武者殺しの伝説が尾を引く八つ墓村へ、莫大な財産を有する多治見家の相続者として連れてこられた寺田辰也(田村正和)は、矢継ぎ早に不審な死に直面する。村人からは忌避され、祟りの噂も飛び交う中、辰也に救いの手を差し伸べたのは、同じ大学病院に勤務する医師の金田一耕助(金内吉男)だった。
封建的な村に、近代民主主義を体現したスマートな存在として現れる金田一は、原作からかけ離れた存在かつ、暴徒と化した村人が鍾乳洞で辰也を襲撃した際には電光石火の空手チョップまで飛び出すが、声優で知られる金内吉男が演じているだけに、一声で周囲を制し、理知的な謎解きを見せてくれる。
それにしても感心するのは、曲がりなりにも48分で、かなり真っ当に『八つ墓村』をやってのけていることで、双子の老婆や村の医師など重要人物がカットされ、多治見要蔵の村人32人殺しも8人殺しへと減らされているものの、それが瑕瑾とならないように脚色した野上龍雄の腕が冴えわたる。後年、西田敏行が金田一を演じた『悪魔が来りて笛を吹く』や、古谷一行=金田一の『不死蝶』の脚本も手掛けた野上だけあって、原作から何を削ぎ落とし、何を残すべきかを熟知しており、ちゃんと例の懐中電灯を頭に2本刺しにして猟銃と刀を持つ、津山事件を基にした殺人鬼の恐ろしいイメージも短いながら見せてくれる。
また、村人の集団が暴徒と化して多治見家に押し入り、遂には辰也を殺そうとするという、保守的な市民社会による暴走描写も(1996年の市川崑版はあっさりとしか描いていなかった)、鍾乳洞で村人たちが必死の形相で追いつめ、遂には辰也を湖面に突き落とそうとするところまで発展させて描いてくれているので大満足である。
終始、困惑した顔の田村正和は辰也役として申し分なく、『古畑任三郎ファイナル 今、甦る死』で石坂浩二をゲストに迎えた回は『八つ墓村』を含む金田一ものへのオマージュが散りばめられていたことを思い出し、本作と続けて見たくなった。
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