『全力投球―武平半生記―』(第五話)

 まずは「東京朝日新聞」に載った江戸川乱歩の談話など。この人も小酒井不木の急逝で各方面からコメントを求められ多忙を極めた一人です。

ぞつとする陰惨味 江戸川乱歩氏談
「小酒井さんは自身が病身であつたためでもあらうが作品はぞつとするやうな陰惨なものが多かつた、博士独特の鋭い筆力で種々の著述がある、中でも小説『恋愛曲線』や『疑問の黒わく』等は代表的傑作であるが伊井、河合一座が上演した『龍門党異聞』『紅蜘蛛奇談』等の探偵劇もある、博士は私の恩人で私の処女作『二銭銅貨』が新青年に載るとき賛辞を頂いたのが縁となり一昨年暮博士が中心となつて起した耽綺社の同人になつた訳である、昨日博士から手紙を頂いたばかりで余り突然の悲報にうそではないかと思つた次第だ博士が亡くなつたので耽綺社も解散になるだらう」因に江戸川乱歩、森下雨村等の探偵小説家は一日夜名古屋に急行すると■■(本文二字空欄)

 不木から乱歩に宛てた最後の書簡は、「只今病臥中です。」で始まる、たった三行の短いメッセージでした。『空中紳士』印税の支払いがあったので、その一部を送る旨が記され、「いづれ又」で終わっています。日付は三月三十日。まさに死の直前に書かれたものでした。

「お通夜の晩、多くの新聞記者も来ていたが、大阪朝日の記者が、私の着くのを待ち構えていて、小酒井さんのことを二回続きぐらいに書いてくれというので、お通夜の席をはずし、小酒井さんが晩年建てられた別棟の医学研究室にとじこもって六七枚の原稿を書いた」(『探偵小説四十年』より)とあるように、追悼文の執筆に追われていた様子がうかがわれます。ちなみに、江戸川乱歩が各新聞社から乞われて書いた原稿は以下の通り。

「小酒井不木氏のこと」(「読売新聞」)
「小酒井氏の訃報に接して」(「万朝報」)
「探偵作家としての小酒井氏」(「大阪朝日新聞」)

 慌ただしいといえば新聞記事の取材もそれこそ慌ただしい。地元紙「新愛知」4月2日号にも乱歩の談話が紹介されていますが、乱歩が記憶を頼りにざっとコメントしたのを、よく知らない記者が記事にまとめたのでしょう、微妙に間違った内容の混じる作家紹介になっています。

専門は衛生学 江戸川乱歩氏談
名古屋で耽綺社の会合をやつたのでよく知つてゐるが昨日病床にてといふ手紙を貰つたので其の返事を今書かうと思つてゐた所でしたよく原稿の依頼を受けると書くことが楽しみだと云つて多少身体の方を無理しても書いてゐたやうです愛知医大から一週一時間でよいから法医学の講義に出て呉れ等云はれ世間でも法医学を研究してゐるやうに思つてゐるが専攻は衛生学で学位論文も血清学の研究でせう其の研究では名古屋にも小いさな研究室まで建てゝ兎の血か何かで研究してゐたやうです短篇小説の処女作は女性発表の「呪はれたる家」と思ひます翻訳はスヰスのローゼのものを好んで訳してゐたやうです

「呪はれたる家」じゃなくて「呪はれの家」、スヰスのローゼじゃなくてスウェーデンのドゥーゼ、てな感じで雑に間違った記事になっているところがまた、小酒井不木の予期せざる死が与えた衝撃の一端といえるのではないかと思いますが如何。というわけで、岡戸武平が登場しないまま次回に続く。

(第六話に続く)

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