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徳島-海陽町①

神戸三宮で車を借りた。お盆の連休が始まり、レンタカー店の受付にはなんだかぱっとせえへん感じの人たちが集っていた。みんなして不自由そうにただ待つのみ。ぼくはズボンのポケットから文庫本を取り出し、ひとり落ち着きを纏うことにした。

車庫からマツダの白いコンパクトな車体が運ばれてきた。客が多く忙しいからなのか、傷のチェックについては一言もなかった。質問しようと思ったがぼくが口を開く前に、いってらっしゃいませ!と元気よく送り出されてしまった。
店を出てすぐに車を路肩に寄せ、もたつきながら車を降りた。車体の周りをうろうろし、念のために塗装の剥がれた箇所をカメラに収めた。大変な苦労の末、スマホと車のオーディオ同期が完了。やっと発車した車はのろのろ進んで赤信号ですぐに止まった。どうもぱっとせえへん。
荷物を取りに一旦自宅へと戻り、そのあとは両親を迎えに実家へと向かった。

初めて乗った車もマツダの中古車だったな。エンジンの振動がフロントデッキのどこかを震わせているみたいだ。ぶりぶりうるさかった(登り坂ではいっそう苦しそうな声をあげた)。しかしペダルとの相性は良く、しばらく走ってみて悪くはないなと思い始めた。燃費もいいみたいだった。月給があと5万円高かったらこんな車がほしいなと思った。

出発前になって、旅のメンバーがぼくと父親だけであることが判明した。両親を連れて旅行する機会なんて最初で最後だろうなと思っていた。割と楽しみにしていたのだが。残念だ。さらには旅先の徳島県海陽町に居るはずの弟家族は神戸のお嫁さんの実家に帰省してきており、旅先では会う予定はないとのことだった。海でサーフィンを教えてもらうつもりだったのに。おっさんとじじいのニ人会やん。聞いてたんとちゃうなぁ。結局、脚として使われたということなのか。まあよい。
これまでも計画倒れの瓦礫に埋もれたような人生を送ってきたのだ。ふーん、へえ、と無感情の平板に直立するのが基本姿勢だ。そんなことよりも旅先で津波が発生した時の妄想に磨きをかける。狂気は自己調達すべし。これも基本のき。というわけで旅の心算は整っていた。

徳島の街をうろうろ。暑かった。早く着きすぎていた。父親は徳島ラーメンを食べる気でいたようだが、近くのお店は若者たちが強烈な陽射しのなかで行列をつくってた。諦めて古汚い中華屋に入った。ニラ玉ラーメンを頼んだが殆どニラだった。スープは醤油が濃かった。徳島の食文化なのだろう。こういうお店の方が文化の違いがはっきり分かるなと思った。父親は頼んだ八宝菜の具と野菜スープの具が殆ど一緒だったのに気を落としていたのかもしれない。ぱっとせえへん親子や。

阿波踊りを観に徳島駅周辺に向かった。阿波踊りの団体がこんなに沢山あるとは意外だった。日本のお祭りとしてはかなり広く普及しているらしい。人の多さがその事実をものがたっていた。徳島のどこにこんな大勢の人がいたのか。
足や手の運びは観ていて楽しいし、腰をグッと引いた姿勢もかっこいい。音楽のうねりも多様で興味深い。長い年月をかけて踊りは磨き上げられただろうし、何よりコミュニティをかたどってきたのだと思う。徳島県民が羨ましかった。

祭りを後にし、徳島から南へ下っていった。
幹線沿いにあったCoCo壱に車を停めた。ぼくはとんかつカレーにナスとほうれん草のハーフをトッピングし、ごはん普通ニ辛で注文。父親はカレーの頼み方が分からん、とここ一番のぱっとせえへんセリフを吐いた。

小松島市のあまりぱっとせえへんホテルに宿泊。明日は弟が住んでいるけど居ない海陽町へ行く。

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