セレビィの環状線

ある日、ノボリはヒスイから姿を消した。

ノボリがこの地に現れてから、二十年余りが経った頃であった。日が上っても修練場に来ないと不審に思った者が、コトブキムラにあったノボリの宿舎に顔を出すと既にもぬけの殻だったという。

この事態は大きな混乱を招いた。ノボリを知る全ての人々が広大なヒスイの大地をくまなく探したが、見つからなかった。

だがそれには兆候があった。ノボリが姿を消す三日前に、迷いの山林付近にてヒスイでは見た事のないポケモンを見かけたと、近しい人物や集落の代表者に語っていた。

そのポケモンをノボリは「セレビィ」と呼んでいたようだ。

その時ノボリは、失っていた記憶を取り戻したと語っている。自分は「イッシュ」と言う地に元々いて、恐らく未来から来たのだろうと言っていた。

そして自分はそのセレビィによってこの地に連れてこられた、セレビィには時を越える力がある、という話もしていたという。荒唐無稽ではあったが、信頼の厚いノボリの言葉を怪しむ者など一人もいなかった。

これには、旧ギンガ団ことポケモン研究所も調査に乗り出し、中でも過敏に反応したのは新たなヒスイの英雄・ショウであった。ショウはノボリに極力コトブキムラからは出ないように伝え、ノボリが見たというポケモンの調査に駆けずり回った。

だが三日足らずで、ノボリは消えてしまったのだった。多くの人の努力もむなしく、これがセレビィの影響によるものかもわからぬままで、詳細も不明のままであった。

後に、ヒスイに移住してきた一団から時渡りの伝承を聞く事になるのだが、それはノボリが消えてから二年が経った後であった。

当時のショウは、ノボリより自分は数日中に元の世界に戻るのだろうと打ち明けられていた、と語っている。より迅速に調査出来れば防げたかもしれない、と激しい後悔の念を抱いていたようだ。

しかしノボリは手紙をいくつか残していた。多くはヒスイ地方の人々全体に対して、感謝の言葉が長文で綴られていたという。

また、より恩義を感じている人物には個別の手紙もあったという。様々な思いが綴られていたようだが、当時受け取った者は口外していない為に内容は不明である。

各集落の代表者は皆で話し合い、ノボリはあるべき場所に帰ったのだと結論付けた。とはいえ、しばらくは皆どこか悲しげだったという。

そんなノボリの何よりの功績は「ポケモンバトル」の普及に尽力した事であった。

ショウと心を通わせたノボリは、旧ギンガ団の修練場にてポケモンを戦わせる事を指南し始める。ノボリはこれをポケモンバトルと呼び、ヒスイ全土に広めようとした。

ノボリはポケモンバトルを通じて、人とポケモンの共存の道を示そうとしたと思われる。ポケモンの事を理解し、技や行動を覚え、指示を出すポケモンバトルは共に生き共に成長する事だと後世の人々は語る。

このポケモンバトルは、人々を夢中にさせた。

ノボリ自身がとても楽しそうにバトルをしていた所も、要因の一つであった。普段は落ち着いた男であったが、ポケモンバトルの最中は非常に高揚した面持ちで、勝っても負けても大声で相手とポケモンを褒め称えたという。

そんなノボリの姿に多くの人は憧れ、ポケモンを相棒としバトルを始めるようになった。これより数年前に完成されたポケモン図鑑の影響も大きく、ポケモンバトルという文化は急速に発展していった。

年を追うごとに集落も増え、集落ごとの修練場も作られた。そして各集落にポケモンバトルの強者が現れ、その強者を修練場の長とし勝つ為に多くの人がポケモンと共に研鑽を積んだ。

この各地の修練場を、かつてショウが呟いた「ポケモンジム」と名付けた。その中で一番の強者をノボリが担当する事になっていたのだ。

記憶を取り戻した衝撃があったのか、当時ノボリは憔悴していたがそれでも修練場には出向いていた。ノボリ自身も、ポケモンジムを楽しみにしていたようだった。

そんな矢先、ノボリはヒスイから消えてしまったのだ。

また、ノボリの相棒といえるポケモン達は、ヒスイの地に残されたままであった。何か言伝をされていたのか、ノボリが消えた後もコトブキムラや集落に残り人々を助けていた。

ただ、彼らは時折ぼんやりと空を眺める素振りを見せていた。ノボリの事を考えているのだろうと皆は考え、その思いを汲み寄り添い支えあって暮らしていく事にした。

ノボリがキャプテンとして世話をしていたオオニューラも、新しいキャプテンと共にヒスイの地を守っていた。その役目は程なく終える事にはなるのだが、その時まで人々と共にいた。

しかしオオニューラもノボリの事が忘れられないのか、ノボリの特徴的な片手を前に出す姿勢を頻繁にするようになったとの事だった。それはオオニューラの子供にも受け継がれ、そんなオオニューラ一族を見て人々はノボリを思い出していたという。

以上がノボリに関する記録である。謎が多く奇天烈な言動も目立つ人物ではあったが、人々に信頼され、ヒスイの隆盛からシンオウ地方に至るまでの発展に貢献した一人である事には変わりない。

最後に、この記録が後世に残り、未来の世界にいるであろうノボリの目に止まる事を僅かでも期待して、ヒスイに住む者の代表として謝辞をここに記す。公的記録でありながら、私語で記す事をご容赦願いたい。

ノボリさん。私達にポケモンバトルを教えてくれて、本当にありがとうございます。

ヒスイにやって来たのがあなたで良かった。元の世界でも、ポケモンと共に健やかでいてくれる事を祈っています。

『シンオウ創世記』

第三章「ヒスイの夜明け」より

「ノボリの功績・後編」



──時刻は夜のようですが、辺りは昼のように明るく見えます。

それもその筈、ここはライモンシティ。稲妻きらめく輝きの街。

イッシュ地方の最大娯楽都市であり、昼夜問わずネオンが煌々とし、大観覧車がそびえ立ち、ジェットコースターやスタジアムの喧騒が響き渡っています。わたくしの、ノボリの愛すべき都市でございます。

「本当に、戻って来たのですか……?」

そう呟いたわたくしは、ライモンシティ遊歩道のベンチに座っております。ベンチはわかります、ライモンシティが娯楽施設の街であるために、路上にいくつものベンチがあるというのもわかります。

しかし、ここに座るまでの経緯はすぐには理解出来そうにありません。

「わたくしは、先程までコトブキムラの宿舎の中にいた……時刻は昼、修練場に向かおうとした時に……」

感覚的には、数分前の出来事を思い出します。

「セレビィがわたくしの目の前に現れた。なぜかニューラが連れて来ていましたが……」

セレビィ、ときわたりポケモンのセレビィ。過去と未来を自由に行き来する事が出来るとされる、伝説のポケモン。

そして、わたくしをヒスイ地方に連れて行き、20年の時を経てこのイッシュ地方のライモンシティに戻したポケモンでございます。

「これがセレビィの時渡り、ですか……なんという超特急……」

わたくしはゆっくりと、頭の中に鈍行列車を走らせるような感覚で思考を巡らせます。

セレビィの時渡り……どれだけ超常的でもこれは事実のようです。わたくしは昼から夜へ、屋内から屋外へ、ヒスイからイッシュへと一瞬で移動しました。

ヒスイの皆様には申し訳ないですが、戻ってきたからには……イッシュにいる皆の事が心配です。あぁ、ようやくバトルサブウェイに戻れるのですね。

イッシュでのわたくしのポケモン達にも会える、そしてクダリに会える……クダリに会ったらヒスイでの話をしたいですね。何せ20年ぶりですから、話す事は山程……

……20年?

「……ッ!?」

わたくしは、思わず立ち上がります。鈍行だった思考の列車が一気に最高速度に到達しました。

血の気が引き、口の中は渇き、立ち上がったものの足がすくんで動けません。わたくしは20年もの間、イッシュの皆の事を忘れて暮らしていたのだという事を、改めて思い出しました。

セレビィが過去にわたくしを戻したのだとしたら、この場所は一体いつの時代なのか……

「バトルサブウェイは!?わたくしのポケモン達は!?クダリはっ!?」

『にゃりっ!?』

ふと鳴き声の方を見ると、わたくしの横で座っていたニューラが、驚いてベンチからひっくり返っていました。以前から、このニューラは大きな音や声が苦手でした。

「あぁ、ニューラ……失礼しました、また大きな声で驚かせてしまいましたね」

わたくしはニューラを抱き抱えベンチに座らせました。ニューラは少し顔をしかめましたが、すぐに目の前の大観覧車を興味深そうに見るようになりました。

どこか楽しそうなニューラを見たら、少し気分が落ち着いたように思えます。まずは冷静になり、今この時代を確認できるものを……

「……はて?ニューラ?」

……気分が落ち着いたのは一瞬だけでした。冷静にもなれませんでした。

「ニューラ!?なぜあなたがここにいるのです!?」

わたくしがニューラに向かって叫ぶと、ニューラはまた耳を塞ぎながらベンチからひっくり返りました。その後ベンチの影から顔を出したニューラは、明らかに不機嫌そうな表情をしています。

しかし今回は謝る余裕などわたくしにはございません。このニューラは、ヒスイでわたくしと共に過ごしたニューラです。

灰色がかった白い体、そのタイプを表すかのような毒々しい紫の爪と大きな片耳。ヒスイで独自の生態を得たとされるリージョンフォームのニューラが……目の前にいます。

「まさかニューラ、あなたも時渡りでこちらに?」

ニューラは、狼狽するわたくしを見て不機嫌では無くなりましたが不思議そうな顔をしています。ですがすぐに大観覧車を指差し、身振り手振りで興味を示します。

『にゃり!にゃりり!』

「か、観覧車が気になるのですか?確かにヒスイには、あのようなものはありませんでしたが……」

アピールするニューラについ反応してしまいました。わたくしは首を横に振り、状況を整理しようと試みます。

「ニューラがわたくしと共に来てしまった……あの時、モンスターボールに入っていなかったからですか?だとしたら他のポケモン達は……」

わたくしは自分の体を触りましたが、モンスターボールの入ったポーチを付けていませんでした。辺りを見回しても、ニューラ以外にヒスイでわたくしと共にいたポケモン達はおりません。

「やはりニューラだけなのですね。なぜ……ん?」

もう一度、体を触ります。いえ、体というより着ている服を掴みます。

「シャツにネクタイ?わたくしは、シンジュの衣を着ていた筈……」

先程まで着ていた服を着ていません。わたくしは今シワの無さそうなシャツとネクタイを着用していて、20年ヒスイで着ていたコートも、着てはいますが裾も破れていない綺麗なままです。

「な、なにが……起きているのですか?」

思考の列車は最高速度で走り続けていますが、目的地は全くわかりません。かつてない程の混乱状態に陥っております。

……あやしいひかりを受けたポケモンは、こんな状態なのでしょうか。

『にゃりっ!』

呆然としているわたくしでしたが、ニューラがベンチから飛び降り走り出した事には気づきました。観覧車の方へ向かって走っているようです。

「え……?あぁっ、ニューラ!待ってください!」

ポケモンを追いかける、という本能に近い感覚でわたくしはニューラを追うべく走り出しました。ニューラは素早く、到底わたくしては追い付けない……筈でした。

「体が、軽い……!」



わたくしの感覚では、3日前の出来事でございます。

その日は、オオニューラに呼ばれ天願の山麓に来ていました。わたくしや調査隊が呼ぶ事はあれど、オオニューラから呼ばれるというのは珍しい事でした。

オオニューラの元へ行くと、1体のニューラがわたくしの側にやってきました。オオニューラの雰囲気から、どうやらこのニューラの面倒を見て欲しいのだと察します。

このニューラはオオニューラの子供の内の1体でした。ヒスイ地方にて特別な血を引くオオニューラですが、同じような特別な力や大きな体を持つ子孫は多くなく……わたくしの前にいるニューラも、普通の大きさのニューラです。

キャプテンとして子供のニューラ達とも接する機会が多くありました。その中でも、生まれたばかりの頃からわたくしに特に懐いていたニューラが、その時に託されたニューラでございます。

成長すると親元を離れ、単独で生活するようになる事がこのニューラ達の生態でしたが、この子はわたくしと共にいるのが良いと判断したのでしょう。わたくしは快くニューラを受け入れ、大切に育てるとオオニューラと固く誓いその場を後にしました。

その帰り際に、ヒスイ地方にてセレビィを目撃したのです──



大観覧車の入口付近で、ニューラに追い付きました。

「捕まえましたよニューラ。とりあえず、ここでは突然走るのはお止めください」

そう言ってわたくしは、ニューラを抱き抱えます。わたくしの言に反省はしていないのか、イタズラっぽく笑っています。

『にゃりりん!!!』

ニューラはわたくしの腕の中で、目の前の観覧車を指差し興奮気味に鳴きます。これは何なのか、と聞いているような雰囲気です。

ヒスイではこれより高く険しい崖で暮らしていたニューラですが、自動的に回り光っているものというのは馴染みが無いのでしょう。コトブキムラにあった風車とは、あまりにスケールも違います。

ふと、目の前に来たゴンドラに目を向けました。人は乗っていなかったのですが、窓ガラスにはニューラを抱き抱えるわたくしが映っています。

「若い……」

映り込むわたくしの顔には皺や顎髭が無く、若々しいままです。先程走り出した時も、体の軽さに驚きました……アンタはいくつになっても変わらないね、とツバキ様にはよく言われてはいましたが、それでも体の衰えを感じてはいました。

その衰えが、全くありません。20年歳を重ねた感覚はあるのですが、不自然なくらいの活力を感じています。

「……本当に20年経っているのなら、ライモンシティが変わっていないのはおかしいですね。ここに来るまでも、わたくしの記憶と一致しています」

わたくしは確認するように呟きます。

「服もあの時のまま。やはりそのまま20年前に……時渡りをする前に到着しているのですね。時渡りとはこういう事なのでしょうか」

頭の中の喧騒が徐々に治まっていく中で、馴染みのある言葉が浮かんで来ました。

「出発駅に戻ってくる。なるほど、環状線というわけですか。セレビィの環状線」

そう呟いた時、思考の列車がゆっくりと停止した感覚がありました。その表現がとても腑に落ち、わたくしを一気に冷静にさせ、同時に安堵させました。

その場で力が抜け、思わず転倒しそうになったので観覧車入口正面のベンチにニューラと共に座ります。その後、深く息を吐きます。

もちろん何も解決はしてはいないのですが、皆を20年置き去りにしたわけではないという事実が、涙が出そうになるくらい嬉しかったのです。

「……今はおそらく、セレビィに会う前。サブウェイのお客様がいない為にわたくしは休憩をとっていた時間、ですか」

徐々に列車を走らせるように、記憶を辿りながら確認作業をして行きます。バトルサブウェイは年中無休ですが、お客様がいない時はさすがのわたくし達も休憩をしています。

わたくしはその時間に、夜のライモンシティを散歩していた記憶があります。そしてその散歩をしている最中、観覧車を見上げるような位置にいる時に、突然セレビィが現れたのです。

「ちょうどこのベンチですね。ここに座って夜風に当たっている時に、観覧車を背景にセレビィを見上げた記憶があります」

ここにいる筈の無い、幻と言われるポケモンが目の前に現れわたくしは唖然としました。そして何か言葉を発するより前に、セレビィはわたくしに近付いて来ました。

「セレビィはわたくしに触れ、気付いた時にはわたくしはヒスイ地方に到着していました。記憶を無くした状態で……」

あまりにも唐突で、わたくしの意など介さない強制乗車です。ですが記憶を辿った結果と現状を考えれば、これは紛れもない事実でございます。

どうして記憶を失っていたのか、どうしてセレビィは20年間も姿を見せなかったのか、そもそも、どうしてわたくしを環状線に乗車させる必要があったのか……これらは検討もつきません。

「……わからないなら、今考えるべきでは無いですね」

肝心なのはこれからの事、そしてニューラの事です。

『にゃり!』

ニューラはベンチに座り、足をパタパタさせております。

「ニューラ、お体に問題はございませんか?怪我をしているとか、ダメージを受けているような事は?」

『にゃ?にゃり!にゃりりーん!』

そう言うわたくしに不思議そうな顔を見せるニューラでしたが、すぐに片手を水平にしもう片方の手と爪を前に出し得意気に鳴きます。これはわたくしが記憶を失っても行っていた、発車を知らせるポーズです。

「出発進行!ですか……ふふっ、問題ないようで何よりです」

記憶が無くても心に刻まれていたそのポーズを、ニューラの子供達の中でも特にこのニューラは気に入っているようです。元気だというアピールに思えて、わたくしは安堵しました。

それに、今は相当若い容姿にも関わらずしっかりノボリだと認識してくれているようです。ここに関しても安堵し、嬉しく思いました。

「ありがとうございますニューラ。では念のため状況を報告しますが……今はわたくしが元いた時代、あなたがいた時代より未来に下車しております」

どこまで伝わるかはわかりませんが、わたくしはニューラに今の状況を説明します。

「恐らく、本来ならわたくしだけが戻る筈だったのでしょうが、どういう訳かあなたも一緒に来てしまいました」

ニューラはうんうんと頷きます。理解してくれていると、考えます。

「これからの事は、まだわかりません。もう少し情報を得て安全確認の後に判断します。あなたがこの時代に適応出来るのかも、正直申し上げますと不安です」

どくタイプとかくとうタイプを持つニューラは、ヒスイという環境にのみ適応して姿を変えたリージョンフォームと聞いています。果たしてこの環境で今まで通り生活できるのか、わかりません。

加えて、記憶の中ではニューラのリージョンフォームはヒスイでしか出会った事がありません。わたくしが知らないだけという可能性もありますが、もしこの時代までヒスイニューラ達が生き残れていなかったとしたら……考えたくない事実でございます。

「ですのでニューラ、何かわかるまで、必ずわたくしの側にいてください。約束ですよ?」

『にゃりり!!』

理解してくれているのか、ニューラは笑顔で頷きました。その姿はとても愛らしく、思わずニューラの頭を撫でます。

「あなたがいてくれて良かった、と言っていいのでしょうか」

ニューラを撫でていると……ポケモンに触れていると、心が落ち着きます。思えば、わたくしの側にはいつもポケモンがいました。

生まれた時も、イッシュで育った時も、サブウェイマスターとしてバトルしていた時も、ヒスイ地方で記憶を失っていた時も……ポケモン達がいたから、わたくしノボリはどんな時でもノボリでいられたのです。そして、そんな存在がもう一人います。

それはヒスイに行くまでは常に一緒にいた、同じくサブウェイマスターにして、双子の弟。

「クダリ……クダリは今、何をしているのでしょうか」

記憶を取り戻してから、一時もクダリの事を忘れた事はございません。現状を考えれば先程会っている事になりますが、わたくしの感覚では20年会っていないのです。

「おそらくクダリも休憩中の筈。合流しなくては」

事情を説明をして、これからの事やニューラの事を相談しなくては……というより、早く会いたい。そういう感情が、混乱により押さえられていた感情が沸き上がって来ました。

「……ギアステーションに戻ります。ニューラ、行きましょう」

そう言って、走り出さないようニューラを抱え上げ立ち上がります。歩き出そうとした瞬間に、目の前にいたポケモンと目が合いました。

セレビィと、目が合いました。

『びぃ』



ヒスイで最初にセレビィを見かけた時は、後ろ姿だけでした。

ニューラを抱えベースキャンプに戻ってくる時です。迷いの山林の方向に、見た事の無いポケモンが入って行くのを目撃して……それがセレビィだとわかった瞬間、記憶がなだれ込むように甦り全てを思い出したのです。

わたくしがセレビィによってヒスイに連れて来られた事、わたくしはイッシュ地方という場所にいた事、わたくしはサブウェイマスターであるという事、イッシュにもわたくしのポケモン達がいた事、クダリという双子の弟がいた事……全てを思い出し、その場で気を失いました。

気付いた時には、コトブキムラ救護班のベッドの上でした。怪我はありませんでしたが、駆け付けた皆様に事情を話し記憶の事を伝え、その場では多くを語らず宿舎に戻りました。

それから、わたくしは宿舎に閉じ籠りました……かつてない程の恐怖を感じていたからです。

──わたくしは、彼らの事を忘れて20年も過ごしたのですか!?

荒れ狂うオヤブンポケモンと対峙した時ですら、このような感情を味わった事はありませんでした。シンジュ団ノボリとして十数年過ごした、という事実があまりに重くその日の夜は泣き明かす事しか出来ませんでした。

底知れない恐怖に支配されていたわたくしでしたが、そんなわたくしを救ってくれたのはポケモン達でした。わたくしの異変を察したのか、モンスターボールから出て寄り添っていてくれたのです。

カイリキー、グライオン、モジャンボ、ダイノーズ、フーディン、ジバコイル、修練場で面倒を見ているオヤブンポケモン達まで、そしてニューラ……広いとは言えない宿舎の中はポケモンで溢れていましたが、皆に囲まれるその空間はわたくしの心を落ち着かせたのです。

わたくしはポケモンと共に生きているのだと、改めて実感した瞬間でもありました。そして、そのような状態でまた1日経った時にある考えが芽生えたのです。

──今まで一度も現れなかったセレビィが現れたのは、わたくしを元の時代に戻す為なのでは?

それは願望に近いものでした。ヒスイで過ごした20年は、出会った人達やポケモン達は、わたくしにとってかけがえのないものでしたが……それでも、どのような形でもわたくしはイッシュに戻るべきなのだろうと考えました。

わたくしはすぐにある方にのみ、その考えを伝えお世話になった方々に手紙を書き残しました。そして修練場に出向き、直に完成するであろうポケモンジムについて、思い出した範囲を関わる皆様に全て伝えました。

そしてポケモン達には……その時は、イッシュからポケモンを連れて来れなかった事を考えると、連れて行けないのだろうと考えていました。

──あなた達は、これからもヒスイの人々と共に生き安全運転で過ごしてください。

どこまで理解してくれていたかはわかりませんが、このように伝えました。今となっては、この指示を守って暮らしていた事を祈るしかございません。

わたくしは、出来るだけ心残りが無いように準備をしていきました。鉄道員としての知識も研究所の皆様にお話しました……既に移動用のトロッコ列車は出来ていましたが、何かお役に立てて頂ければと思ったのです。

伝える事も全て伝え、手紙を全て書き終えた時は記憶を取り戻してから3日目の朝でした。この日に、わたくしはイッシュに戻る事になります。

少し休んだ後、修練場に行こうとしていた時、ニューラのモンスターボールが空いている事に気付きました。昔からやんちゃですぐいなくなるニューラでしたが、今いなくなる事は不安に思い何度も呼び掛けました。

するとニューラは宿舎の入口を開けて入ってきました……セレビィと一緒にです。

のどかなコトブキムラを背景に、幽玄たる雰囲気のまま浮かぶセレビィ。突然の邂逅に息を飲みましたが、セレビィとしっかり目を合わせます。

セレビィもその大きな瞳でこちらを見ていました。間にいたニューラはわたくしを指差し、セレビィに何かを伝えています。

敵対するような素振りはなく、ニューラには笑顔も見られます。しかしわたくしは唾を飲み込み、意を決するように話し始めます。

──セレビィ。なぜあなたはわたくしをヒスイに連れて来たのですか?なぜあの時、イッシュにいたのですか──

そう言った瞬間、セレビィはわたくしに近付き、わたくしの肩に触れました。その後気付いたら、ライモンシティのベンチに座っていたのです……わずか数秒の出来事でした。

乗車も下車も突然だったセレビィの環状線。しかも、どういう訳かあの場にいたニューラも一緒に下車してしております……一瞬だったので定かではないですが、セレビィはニューラの手も取っていたような気がします。

意図的に、ニューラを連れて来たという事なのでしょうか。なぜニューラだけだったのでしょうか。

その他、わからない事を今目の前にいるセレビィに聞く事は出来るのでしょうか──



「……ッ!?」

漆黒に煌めく大観覧車を背景に、宙に浮かぶセレビィ。わたくしをしっかりと見ています。

わたくしは、視線を外す事が出来ません。硬直し、一歩たりとも動けないのです……今までセレビィは、わたくしとコミュニケーションを取る事なく強制乗車させて来ました。

環状線は出発駅に戻りすぐにまた出発する、ぐるぐると周回する列車です。そしてヒスイに行く時も、この場所でセレビィと会いました。

……また、わたくしを過去に向けて乗車させるつもりなのですか?

『にゃり!』

『びぃ!』

わたくしが唖然としている中、抱えていたニューラがセレビィに手を振りました。セレビィも笑顔で手を振り返します。

その様子は、とても仲睦まじいように見えます。先程ヒスイ地方からこちらに戻る時も、ニューラが連れて来たような雰囲気でした。

「ニューラ……あなた、セレビィを知っているのですか?」

『にゃり!』

頷くニューラ。どうやらニューラとセレビィには接点があるようですが、それが何なのかは皆目検討もつきません。

しかし、そう話をしている間もセレビィは何もして来ないのです。ただ、わたくしを見ているだけです。

「……お話を、聞いてもよろしいですか?セレビィ」

『びぃ』

セレビィは頷きます。わたくしは唾を飲み込み、思考の列車をゆっくり走らせるように話し始めました。

「……まず、わたくしをヒスイに連れて行き、先程このライモンシティに戻したのはあなたですか?」

『びぃ』

事も無く頷くセレビィ。

「今はあなたがわたくしをヒスイに連れていく前の時間、という事ですか?」

『びぃ!』

今度は満足げに頷くセレビィ。改めて、とてつもない力を持つポケモンが目の前にいると知り、足に力が入ります。

「……なぜこのような事を?何かあなたの目的地があって、わたくしを環状線に乗せたのですか?」

『……びぃ?』

首を傾げるセレビィ。わからない、もしくは答えてくれないという事でしょう。

それにセレビィが人の言葉を話す事が出来ない以上、これは聞いても意味の無い事なのかもしれません。イエス、ノーで答えられるような話にすべきと考えました。

……環状線、という表現が伝わっていない可能性もありますが。

「では、今あなたがここに来たのは、わたくしをまた環状線に……いえ、時渡りによって過去の世界に連れて行く為ですか?」

『びぃー』

セレビィは首を横に振ります。この場では一番重要な部分でした……また過去に下車する事はない、と受け取った事で一気に冷静になれました。

「一応聞きたいのですが、なぜわたくしがヒスイに行った時に記憶が無くなっていたのですか?」

『びぃ?』

首を傾げるセレビィ。これも、答えが返ってくるとは思っていませんでしたが……改めてわからない事だと、決定付けました。

ここでふと、この問答をセレビィがいつまで続けてくれるのかと考えました。環状線に乗せる事は無いにしても、急にどこかに行ってしまうかもしれません。

セレビィの答えようの無い話……なぜ容姿や服まで元に戻るのか、といったものを思考の列車から除外します。すると、残った質問は2つとなりました。

「あなたは過去と未来を行き来できる。だとしたら、わたくしがヒスイで出会った皆様、そしてわたくしのポケモンは……幸せに暮らしていますか?」

『……』

セレビィは黙ってしまいました。質問が難しかったでしょうか?それとも、皆様に何かがあって……

『びぃ!』

一転、セレビィは嬉しそうに頷きました。今この場ではセレビィを信じるしかありませんが、疑う余地もありません。

「そうですか、それなら、良かった……」

イッシュに戻るべきとは思っていましたが、心残りは当然ありました。ヒスイの皆様、ポケモン達には感謝してもしきれない思いがあるのです。

恐らく今生の別れだろうと思い、この数日で出来る限りの事をしました。皆様がポケモンと共に、またわたくしのポケモン達が皆様と共に、幸せでいてくれたのなら少しは気持ちも安らぎます。

『にゃ?』

「……ただセレビィ、どうしてニューラだけは連れてきたのですか?」

わたくしの腕の中にいたニューラの事を聞きます。これも答えにくい質問かもしれませんが……

『びいっ!』

セレビィは片手を前に出します。一瞬ヒヤリとしましたが、どうやらニューラの事を指差しているようです。

「まさかニューラ、あなたから環状線に乗車したいと、セレビィに頼んだのですか?」

『にゃりっ』

ニューラは当たり前と言わんばかりに頷きます。確かに、そう考えるとニューラとセレビィが妙に親しげなのも納得できます。

「ニューラ、あなた……」

きっと、わたくしと一緒にいたいと思ってくれたのでしょう。生まれた時から見ているとはいえ、わたくしのポケモンとなったのは3日前ですから、よりその思いも強かったのかもしれません。

なぜニューラだけが一緒に下車する事が出来たのか……これもセレビィも答えてくれないように思えます。なので、わたくしはニューラにこう話し出します。

「ニューラ、イッシュでの暮らしがあなたにどう影響を及ぼすのかがわかりません。今ならまだ、セレビィの力で戻れるかもしれません」

もしそんな事が出来るのなら、その方がニューラの為なのかもしれないと……一瞬そんな事を思い、話を続けます。

『にゃり?』

「あなたにとっては、わたくしといるよりヒスイに戻った方が良いのかもしれない。もう一度よく考えてください。ここでは……」

『にゃっ?にゃーっ!』

ニューラは、わたくしが話している最中に体に抱きついて来ました。絶対に離さないと言わんばかりの、両手で締め付けるような強い力でした。

『にゃにゃーっ!』

ヒスイには戻らない、わたくしと離れたくない、という意思表示だと感じました。少し怒っているのか、どんどん力が強くなっていきます。

「ニ、ニューラ……わかりました。おかしな事を言って申し訳ありませんでした」

わたくしはニューラの背を叩き、力を弱めるように促します。理解してくれたのか徐々に力を弱めてくれました……改めてニューラの顔を見ると、怒っているというより悲しんでいるようでした。

その顔を見て、決断しました。

「……申し訳ありません。あなたを大切に育てるという、オオニューラとの約束を破る所でしたね」

ニューラの頭を優しく撫でます。わたくしの胸には、この地でニューラと共に歩もうという決意がございます。

「それに、わたくしもあなたがいてくれて良かったと思っています。これからも共にいれる事が、とても嬉しいのです。また宜しくお願いしますね、ニューラ」

『にゃ……にゃり!』

『びぃー!』

嬉しそうに頬擦りをしてくるニューラを、わたくしは抱き締めます。セレビィの鳴き声もどこか楽しそうに聞こえました。

嬉しいと思う一方で、わたくしはこの決断を後悔するような事はあってはならないと、強く思いました。それは共にこちらに来れなかったポケモン達の為でもあり、オオニューラの為でもあるのです。

「セレビィ、あなたにもお礼を言うべきなのか……おや?」

ふと正面を向くと、セレビィはそこにはいませんでした。

「……行きも帰りも超特急ですね。あるいは、また環状線が出発したのでしょうか。別の時代の別の方を乗せて……」

わたくしはまた、深く息を吐きました。緊張がほぐれるとものすごい心労がありました……ヒスイにいた頃くらいに老けたのではないでしょうか。

「少し、またここで休憩しましょうか……」

と、わたくしはベンチにまた座り込み、ニューラもベンチの隣に座らせます。一刻も早くクダリと会いたい気持ちはありますが、様々な事が起こりすぎて、当初のような混乱は無いにしても疲労感が勝りました。

「クダリには、どのように話をしましょうか。信じてくれるとは思いますが」

そう呟いた時、ベンチ横から何かが目の前に飛び出して来ました。一息ついた所だったので反応が遅れてしまいましたが、あるポケモンが目の前に現れたようでした。

「ニューラ……?」



そのポケモンはニューラでした。しかし、わたくしのニューラ……ヒスイニューラではなく黒い体に赤く長い片耳を持つ、あくタイプのニューラ。

いわゆる現代のニューラでございます。ヒスイに行くまではニューラというポケモンは、この容姿とタイプしかいないと思っていました。

『にゃる』

『にゃり?』

目の前のニューラが、わたくしのヒスイニューラの事を見ています。実際に比べて見ると、体色以外では広く知られるニューラの方がスマートで、ヒスイニューラの方が丸みを帯びているように見えます。

しばらく見つめ合う2体。わたくしのニューラからしてみれば、同じような雰囲気でありながら全く違う容姿のポケモンという事になります……どう目に映っているのか気になります。

「そんな事より……この辺りに野生のニューラは生息していません。どなたかのポケモンという事でしょうか」

わたくしは辺りを見回しますが、誰も近くにはいないようです。一体誰のニューラなのか……と思っていたら、わたくしのニューラがベンチから飛び降りニューラの隣に並びました。

そしておもむろに、2体でポーズをとり始めました。

『にゃり!にゃりりーん!』

『にゃる!にゃるるーん!』

「え?出発、進行?」

お互いが片手を水平にし、ピタリと揃ってもう片方の手を前に出す。わたくしのニューラが気に入っている出発進行!というポーズを、こちらのニューラも完璧に対になるように行っていました。

その姿はまるでサブウェイマスター、わたくしとクダリそのものでした。

「……ど、どうしてあなたもそのポーズをとれるのですか?」

また思考の列車の運行が怪しくなりそうです。当のニューラ達は、楽しそうにハイタッチをしていて、すぐに打ち解けた様子です。

すると今度は、ニューラを呼ぶ声が聞こえて来ました。

「ニューラ、どこー?」

とても聞き馴染みのある……少し聞いただけで誰かわかるような、男性の声でした。その声が何度か聞こえた後、白い制服を着た男がニューラに向かって走って来ました。

「ニューラいた!ダメだよ、どこかに行っちゃ。君にとっては、この時代のものは珍しいかもしれないけど、あんまりぼくから離れないでね」

と、ニューラを抱き抱える男は、わたくしと同じ顔をした、わたくしと色違いの制服を着ている……同じサブウェイマスターにして双子の弟、クダリです。

「えっ?この子もニューラ!?見た事ない色だ!色違い、じゃない!よく見たら全然違う!」

と、わたくしのヒスイニューラを見て驚くクダリ。すると、近くにいたわたくしと……クダリ以上に驚いた顔をしているわたくしと目が合います。

「ノボリ!この珍しいニューラ、ノボリが見つけたの?」

と、クダリは笑顔でわたくしに問いかけます。まるで先程も話していたかのように自然にです……クダリからすれば、つい先程話をしたいつも一緒にいる兄弟なのですから当然です。

わたくしもそのように自然に答えるべきなのは、わかっていたのです。

「あ、あぁ……」

思考の列車は、また最高速度に到達しています。しかし混乱や喧騒はなく、込み上げる感情を動力としたものでした。

「ノボリ?どうかした?」

「……クダリッ!」

思わずクダリを抱き締めます。20年ぶりに会う兄弟、20年ぶりに聞く声……思わず涙が溢れます。

「えっ!?ノ、ノボリ!?」

「記憶を取り戻してから、ずっとクダリの事が心配でした……わたくしは、あなたを忘れて20年も過ごしたのでは、ないかと……」

わたくしは涙を流し吐露します。

「でも……こうして変わらず……会えて、良かったっ……!」

クダリにこんな事を言っても仕方の無い事だと理解はできます。でも言葉が、感情が、とめどなく溢れてくるのです……クダリの前でこのように泣く事は、いつ以来でしょうか。

「……」

しばらくクダリも、ニューラ達も何も言わずわたくしだけが抱きつき泣いている時間が続きました。

「……す、すみません、クダリ……」

そして、わたくしはクダリから離れます。うつむき涙を拭い、この状況の説明をしなくては、と話し始めます。

「クダリ、実はわたくしはセレ……」

「ノボリ、ひょっとしてノボリもセレビィと一緒に時渡りしてた?」

と、わたくしの言葉を遮りクダリは言いました。

「……はて?」

あまりに突然、クダリからセレビィという名前が出てきて驚き顔を上げます。するとクダリは、喜びを抑えているような、笑顔を堪えているような顔をしていました。

「え、えぇ……わたくしはセレビィの時渡りで過去に行っておりましたが……」

聞かれた事にとりあえず答えました……が、状況は全く読み込めません。すると今度はクダリが、みるみる内に笑顔になっていき、感情を爆発させました。

「そうなんだ!ノボリもなんだね!あははっ!ノボリも行ってたんだーっ!」

今度はクダリがわたくしに抱きついてきました。

「クダリ!?」

「あはははっ!すごい!すごいねセレビィ!ノボリも連れてっちゃったんだ!せっかくなら、ぼくと一緒に連れてってくれれば良かったのに!」

と、抱きつき背中を叩きながら笑うクダリ……わたくしの涙は引っ込み、思考の列車はまた目的地を見失いました。

「……ど、どういう事ですか?クダリ」

わたくしがそういうと、クダリは腕をほどき、わたくしの両肩を掴みこう話し始めました。

「ぼくもね、セレビィの力で時渡りしてたんだよ!過去の世界で、出会った人達にポケモン勝負の楽しさを伝えてた!」

……クダリから、あやしいひかりが放たれたようです。

「全部で5回行った!ついさっき帰ってきたところ!そしたら今回は、セレビィがいなくなっちゃったから、もう終わりなんだなって思ってたけど」

……ご、ごかい?

「いつもぼくは、休憩前に戻ってきてた。ノボリと話してから、休憩に入ってそこでセレビィと会ってた。ノボリ、今まで全然そんな感じしなかったけど、ノボリも休憩中にセレビィと会ってたんだ!」

……あやしいひかりではなく、ばくおんぱだったようです。

「あ、このニューラはね?5回目の世界でパートナーになったマニューラの子ども!ぼくにすごく懐いて、なんか帰るときに着いてきちゃったんだよね!ひょっとして、この見た事ないニューラもそう?」

……ピヨピヨと、わたくしの周りを何かが飛んでいる気がします。

「ねぇノボリ!ぼくノボリが行った世界の話聞きたい!何回行ったとか、どこに行ったとか!ぼくもたくさん話したい!色んな時代の色んな人達と、色んなポケモンと出会えたからすごく楽しくて!」

「……ク、クダリ、少々落ち着いてください」

わたくしは、訳もわからず自分を攻撃する……一歩手前でクダリを制止しました。

「あ、ごめん!最初は混乱するよね、ぼくもそうだった。あやしいひかりを受けたポケモンって、こんな感じかなって思った。座って落ち着いたら話そう!」

わたくしは心の底から楽しそうなクダリと共にベンチに座りました。互いのニューラも、隣に座ります。

未だわたくしは混乱中です。クダリに会えた嬉しさと、クダリの話を理解しようと処理を試みている労力とで……対抗列車がすれ違うような喧騒が頭の中にあります。

「……何やら、凄い事が起きているのですね」

最初はうつむき、そう答えるのが精一杯でしたが……

「うん、とってもすごい!まさかノボリもセレビィの時渡り、ううん、セレビィの環状線に乗車してたなんて!」

その一言で、頭の中の喧騒がピタリと止みました。

「……環状線」

わたくしは、言い聞かせるように呟きます。

「……出発駅に戻ってくるから、環状線。わたくしもこのセレビィの時渡りを、そう解釈しました」

「ノボリも?あははっ、やっぱり兄弟だね」

クダリが笑顔で言いました。兄弟……そう、クダリとわたくしは、どんな時代にいようとどんな世界にいようと、唯一無二の双子の兄弟。

別の世界に行っていたとしても同じ事を考えていたという事実が、どこに行っても繋がっていたのだと、そう思えて来るのです。それが、たまらなく嬉しかったのです。

その嬉しさが、晴れやかな感情が、混乱を吹き飛ばしました。

「えぇ……わたくし達は兄弟。こうして変わらず、また会えて嬉しいです!クダリ!」

改めて、クダリの顔を見て言います。いつでもスマイルがモットーのクダリですが、今も満面の笑みを浮かべております。

「わかりました。わたくしも、クダリと話がしたかったのです!わたくしがヒスイ地方という、スケールの大きな世界で過ごした20年を、余す事なくお話します!」

「うん!ぼくの5回の時代の……え?20年!?そういえばさっきも言ってた!そんなにいたの!?すごい!」

それからは、時間も忘れてクダリと話をしていました。

話をしていく内に、わたくしとクダリでは、過去に行っていた時間などの違いがあるようでした。しかしこれは考えてもわからないと、クダリも結論付けていたようです。

とにかく話の中心として盛り上がったのは、わたくしとクダリがその世界で出会った人々やポケモンの話……その世界での冒険の話です。クダリが話してくれた5回分の世界の話は、とても心震わせるエキサイティングなものでした。

そしてわたくしのヒスイでの経験も、クダリにとっては同じように感じたのでしょう。互いに大きな声で、笑いながら、楽しみながら話を続けていきました。

その中で、どんな世界にいようとわたくしもクダリもポケモンと共に暮らしていた事がわかりました。そして、連れてきたポケモンが互いにニューラだという事も、笑わずにはいられませんでした。

あぁ、やはりわたくし達はポケモンと共に生きるべき存在なのだと実感し……それを今こうして二人で話せる事が、何よりも嬉しいのです!

「ブラボー!スーパーブラボー!!!」



『あとがき』

今回「シンオウ創世記」の取材に関わって頂いた方々、発行に尽力して頂いた方々、お世話になった全ての方に心からお礼を申し上げます。

研究者としては若輩の身ながらこのような機会を与えて頂いたのは、この地に生きるものとして大変光栄に思います。ここでは、シンオウ地方やポケモンに対する私の思いを綴らせて頂きたいです。

私が十歳を迎える頃に、ヒスイ地方はシンオウ地方と名前を変えました。そして十二歳になった年にシンオウポケモンリーグが誕生し、私はポケモンと共にリーグチャンピオンを目指す旅に出る事になります。

それから幾年も経った現在。間もなく「ポケモンコンテスト」という、新たな人とポケモンの共存の形が出来ようとしています。

かつて大自然の化身とまで恐れられたポケモン達は、今は私達の身近な存在となっています。この未来に至るまでどれだけの人々が努力し、挫折し、涙を流してきたのか。

こうして後世に残る記録以外にも、多くの人々の尽力があってこの未来があります。そんな未来を生きる我々は、その先人達全てに感謝しなければいけません。

そして感謝するべきは先人達だけではありません。ポケモン達にも、感謝しなければいけません。

人々が変わっていったのと同じく、ポケモン達も変わってくれたのです。先人達の思いが実を結び、ポケモン達も人々の努力を、挫折を、涙をわかってくれたのです。

人とポケモンが、種族の違う生きものが、共に生きていく現在の形は未来にも受け継がれていく筈です。そういう確信めいたものが、今回改めてシンオウ地方の源流を巡って行った私にはあります。

ここで、根拠の無い話なので本書では触れなかった私の経験談をお話しさせてください。私が、未来の人とポケモンとの繋がりを初めて実感した話です。

第三章「ノボリの功績」で触れた、セレビィというポケモンの話です。ノボリが失踪してから二年後、セレビィの伝承を知っていた移住者から話を聞いたのは、当時七歳の私でした。

その移住者の一団に、夫婦とその息子の三人家族がいました。その子は私と同い年ですぐに家族ぐるみで仲良くなる事ができ、後にセレビィの話をしてくれたのです。

その家族は、実際に時渡りで未来から来たと思われる人物と親交があったといいます。その人物は「クダリ」と名乗ったそうです。

クダリはポケモンの扱いに長け、様々なポケモンを手懐けていったといいます。当時移住者家族が住んでいた地域でも、ポケモンは畏怖の対象となっていたようで、そのクダリの姿は異様に見えたといいます。

しかし、移住者家族はクダリと交流する中でポケモンへの恐怖心が無くなっていったようです。それは周囲の人々も同じようで、家族が住んでいた集落の全ての人が、ポケモンをしっかり理解し愛するようになったとの事です。

そしてそのクダリは、ある日セレビィと共に消えてしまったそうです。人々はひどく悲しみましたが、クダリがいなければ我々はポケモンを恐怖の対象としか見れなかっただろうと、移住者家族は感謝の念を込めて語ってくれました。

その話を聞いて私は、クダリはノボリの兄弟だと確信しました。記憶を取り戻したノボリから、兄弟がいるという事を聞いた人物がいたのと、家族から聞くクダリの印象があまりにノボリと同じだったからです。

ノボリとクダリ、ポケモンを愛する未来の兄弟を過去に連れてきたセレビィの目的は、きっと過去の人々にポケモンを愛して欲しかったからだと、私は思うのです。そうする事で、未来の人とポケモンがより良く暮らせるようになると考えたのではないでしょうか。

方法は超常的かつ強引ですが、未来のポケモンであるセレビィも人の事を考えて行動してくれていたのです。実際、ヒスイの地にノボリがいなければ、ポケモンバトルがここまで普及しなかった可能性はあります。

そしてもう一人、空から落ちてきたというヒスイの英雄ショウも、ポケモンの影響で別の世界からやって来たと思われます。彼女がいなければ今この地がどうなっていたかなど、想像したくもありません。

何よりショウが、私の母がヒスイに現れなければ、そもそも私がここにいないのです。

母は自分の出自を多くは語りませんでしたが、ポケモンが関わっているのだとは言っていました。そのポケモンもきっと当時の人達を案じての行動であり、私がその恩恵を一番に受けていると言えます。

初めは異端者として辛い思いをしてきた母が、後に当時の人々と共にポケモン図鑑を完成させ、人とポケモンの在り方をより良いものへと変えた。そんな母を私は誇りに思いますし、大好きです。

そしてそれは、ノボリさんにも言えます。私は母とノボリさんのポケモンバトルを見る事が、何よりも好きでした。

ノボリさんは私が子供の頃にいなくなってしまいましたが、その姿がとても印象に残っています。二人とポケモン達が熾烈なバトルを繰り広げている姿に憧れ、私はポケモントレーナーになりました。

未来のポケモンが選んだ異端者の冒険は、新しい歴史を作っています。それは、ポケモンが人を信頼しているからこそ起こりうるのです。

母がいなければシンオウ地方は生まれなかった、ノボリさんがいなければポケモンバトルはここまで普及しなかった。更にクダリさんが移住者家族の元に来なければ、クダリさんに憧れたある男の子は冒険心から家族ごと移住してくる事は無かったでしょう。

男の子が移住した先にいた私と仲良くなる事もなく、私と同じ日にポケモントレーナーとして冒険に出る事もなかった。そして今、私と彼の愛すべき子がシンオウリーグに挑戦するポケモントレーナーになるような未来も、無かったかもしれません。

根拠の無い突飛な話だとは思います。ですがこれは私の研究所としての、あるいは元ポケモントレーナーとしての思想の源流とも言えます。

これから先の未来でも、人とポケモンとは互いに信頼し合って生きているのです。

突飛な話をもうひとつします。ノボリさんの話なのですが、ノボリさんは記憶が戻った直後ひどく落ち込み宿舎に込もってしまっていました。

当時五歳の私は心配で宿舎を見に行くと、中からニューラが出てきました。話しかけると、どうやら水を汲みに行きたいようでした。

ノボリさんはオオニューラのキャプテンでしたが、ニューラを連れているのは見た事がありませんでした。しかし「ノボリさんのポケモンなの?」とニューラに問いかけるとそのニューラは頷いたのです。

それから私とニューラは一緒に井戸から水を汲み、宿舎まで同行しました。そしてニューラが中に入る直前で「ノボリさんのポケモンなら、ずっとノボリさんの側にいてあげてね」とニューラに伝えました。

当時は、ノボリさんの事が心配だから言ったと記憶しています。ニューラも笑って頷いていました。

その後すぐにノボリさんはいなくなってしまうのですが、残されたポケモン達の中にニューラだけがいなかったのです。

周りの大人にその話をすると、ノボリさんがニューラを連れているのは見た事が無い、オオニューラの子供がたまたまいて野生に戻ったのではないか、と言われました。大人になった私自身も、当時のニューラの生態を知っていたらそう答えます。

しかし、万が一あのニューラが私が言った通りにノボリさんの側にいて、ノボリさんと共に未来に行ったとしたらどうでしょうか。当時の私は、とんでもない事をしてしまったのかもしれません。

でも私は人を信じ、ポケモンを信じています。あのニューラがノボリさんと共にいるのなら、きっと未来ではヒスイニューラはどこかで人々と暮らしているのでしょう。

根拠が無くてもそう思える。だって彼らは不思議な生き物、ポケットモンスター。

私はそんなポケモン達のいる世界に生まれ、共に生きていける事を、心から幸せに思います。

『シンオウ創世記』

著:アカリ
シンオウポケモン研究所筆頭研究員(初代シンオウリーグチャンピオン)


END.


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