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秋月祐一『この巻き尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』

秋月祐一さんの歌集『この巻き尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』(青磁社)を拝読いたしました。
印象に残った歌を引きます。

ルリカケス、ルリカケスつてつぶやいた すこし気持ちがあかるくなった

ルリカケスは奄美大島と徳之島だけに生息する日本の固有種の鳥です。
頭から首にかけての羽が紫がかった青色(瑠璃色)で、和名の由来になっているそうです。
「ルリカケス」が鳥であると知らなくても、この歌は自分の中にすっと入ってくる気がします。
ルリカケスって呪文みたいですよね。
むしろ鳥だと知らない方が、「ルリカケスはすこし気持ちをあかるくする呪文」と認識できて面白いかもしれませんね。

廃墟・廃港・廃線・廃市・廃病院・廃家・廃井 あぢさゐのはな

「廃」という漢字の繰り返しが特徴的な一首です。
名詞だけで一首が構成されています。
「廃」で始まる言葉たちは、失われたけれども、荒れたまま残っているものが羅列されています。
機能しなくなったもの、人間には用済みとなったもの。
「壊す」という動作が行われないこれらは、再生することもかないません。
ただそこにあり続けます。
作った人間がいた、使った人間がいた、関わった人間がいた。
この歌には「人間」という言葉は出てきませんが、人間が生きていた気配がとても濃厚です。
最後の「あぢさゐのはな」は主体が現実に戻ってくるキーではないかと思いました。
「廃」で始まる言葉たちは、主体が実際に目線で追うには大きなものがありすぎます。
主体の想像なのではないでしょうか。
夢見るようにすたれたものを唱えていく主体が、ふと現実に目を戻すとあぢさゐのはなが咲いている。
そういう景ではないかと思いました。

会ふたびに焚火の前にゐるやうなほどけた顔で笑つてくれる

主体は相手の笑った顔がとても好きなようです。
焚火の火は揺らめきながら人を温めてくれます。
相手にとっては主体こそが「焚火」なのでしょう。
警戒心を解いた、無垢な笑顔を見せてくれる相手に、主体の心もほどけていくのを感じました。
お互いを温め、照らし合っている主体と相手の姿にほっこりする一首でした。


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