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ナクキザシ『さようならの吹き溜まり』

ナクキザシさんの『さようならの吹き溜まり』を拝読しました。
印象に残った歌を引きます。

歪にしか繋がり得ないピースでも自分が欠けても欲しいと思う

作りたい女と食べたい女

原作の漫画は読んだことがないのですが、ドラマ化もしている作品ですよね。
料理上手な女性と、食べることが好きな女性が、利害が一致して一緒にいるお話という認識です(違ってたらすみません)。

何事も過剰になると周囲から浮き上がってしまいます。
恐らく登場人物の二人もそうだったのでしょう。
浮き上がった果てに、お互いを見つけた。
互いの個性を尊重すればするほど、「普通」からかけ離れていく。
それを分かっていても、欲しい。
噛み合うために自分が欠けてしまっても構わない。
一緒にいるためならなんでもする。
捨て身のような独白が胸にせまる一首です。

百年も生きられないような弱小な生き物が解るというから困る

魔法使いの約束

原作はアプリゲームですね。
私もやっていますので、作者さんと仲間だ~!と嬉しくなりました。

この歌は、オズという登場人物の心情を描いたものだと読みました。
「魔法使いの約束」の世界に出てくる魔法使いは長命です。
何百歳や何千歳というキャラクターが出てきます。
オズも何千歳というキャラクターで、世界で一番強い魔法使いと言われています。
そんなオズにもアーサーという大切な存在がいて…という説明はここまでにしておきましょう。

さて、この世界には人間も存在しています。
主人公は「賢者」と呼ばれ、魔法使いを取りまとめる役目を持っています。
「弱小な生き物」は、きっと賢者を指すのだろうと思いました。

人間は、魔法使いにとっては、一瞬を通りすぎるような存在です。
魔法を使えず、簡単に死んでしまう(ように見える)人間は、魔法使いにとっては、守るべき存在とも言えます。
しかし、感情や情緒の面では、人間は魔法使いと対等、もしくは早熟とも言えるかもしれません。

オズは他の魔法使いからは恐れられていて、「共感」なんてものをされたことは恐らくほとんどありません。
そんなオズの心情を真っ直ぐに受け取った人間という存在に、オズは戸惑います。
結句「困る」が朴訥で、素朴で、オズっぽいなぁと勝手にほっこりしました。

可愛い爪の色塗ってるくせに求めてくる感想が「強そう?」なのは合ってるのかよ

主体は、「可愛いね」という言葉を心の中に準備していたのでしょう。
しかし、相手は爪を見せながら「強そう?」と聞いてきました。
主体はびっくりして、思わず結句がけんか腰の口調になってしまいました。
予想外の言動をする相手に翻弄されながら、そんな相手の訳のわからなさに惹かれてしまう。
自分自身に地団太を踏んでいるような主体が、見える気がしました。

たった数十年じゃ短すぎるよ人間は満足そうに死んでいくけど

葬送のフリーレン

原作は、アニメ化もされている少年漫画ですね。
主人公のフリーレンはエルフで長命です。
この歌を読んだ時、フリーレンの声で脳内で再生されました。
それくらい、フリーレンが言いそうな台詞なのです。

人間は、満足そうに死ぬ人ばかりではありません。
苦しんだり、悔いたりしながら生涯を終える人も、悲しいけれどいるでしょう。

でも、フリーレンが出会う人間は、満足そうに死んでいくように見えるのですね。
もしかしたら、フリーレンという存在に触れているからでしょうか。
自分がいなくなった後も、彼女が覚えていてくれる。
それは、安心感を与えるのかもしれませんね。

君の大丈夫がぬいぐるみならいいのに君が寂しいときに抱きしめるから

ひめちゃんは重い女

原作は全二巻で完結済みの漫画です。
私も原作を読んでいたので、作者さんと仲間だ~!と嬉しくなりました(二回目)。

この作品は、姫乃と夜(よる)という女性同士のカップルが主役のお話です。
平気な顔をしている人が、平気とは限らない。
また、平気ではない人が、自分でそれを自覚しているとも限らない。
そんな、人間のあり方にせまったお話です。

大丈夫ではなさそうな人に、「大丈夫?」と聞いてしまうことってありますよね。
本当はもっと相手のためになるようなことを言いたいのに、他に声のかけようがなくて、でも何かは言ってあげたくて。
案の定、相手は「大丈夫」と答えます。
主体は「大丈夫」と言わせてしまう自分に無力さを感じるでしょう。

この歌は相手に言った言葉ではなく、主体が心の中で思った事なのではないかと思いました。
人に頼ることを知らないあなたを、どうにかして支えてあげたい。
あなたにとってやさしい、あたたかい、必要な存在になりたい。

相手との距離を感じる、切ない一首だと思いました。

ずぶ濡れになってから気付く波打ち際にいるのは私だけだったこと

「あなた」の存在を強烈に感じる一首だと思いました。
主体が全身で想っていたあなたは、そもそも同じ場所に立っていてはくれなかった。
ずぶ濡れのまま立ち尽くしている主体の姿が見えるようです。
きっと、誰かに救われることを主体は望んでいないでしょう。
主体が、自らの足で、波打ち際から歩き出すことができることを願います。


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