ホワイト・スカーレット【ショートショート #3】
雪が降る。
今年初めての雪だ。
僕はこの純白の生産者を見上げる。案の定、黒に近いグレーが空を染めていた。
右手を差し出し、そこに着地し、脆く消えていく始終を何度か眺める。
そして短く、雪のように白いため息を吐き、僕は歩みを進める。
ザシュ、ザシュ、という独特の音と感触が足元から伝わる。
はて、かき氷を踏むとこんな感じなのか。などと考えるが、生憎食したことがないので想像の範疇を越えてくれない。
言ってしまえば、食べられなかったものは多い。運動も出来ず、誰かと遊ぶこともなかった。なんなら、外に出るのも何年か振りだ。
だから、僕が病室を抜け出すなんて誰も考えていなかった。
身体中に着けられていたあらゆる装置を外して病院を抜け、僕はこの大地を歩き始めたのだ。遅くとも、自分の力で。
今頃は気付かれているかもしれないが、もう意味がない。
余命なんて言われなくても、自分の身体の限界なんて自分が一番分かるに決まっている。
——もう、時間がないのだ。
だから、最期にこの両脚で外を歩けていることは、この人生で一番幸せだ。
不意に咳が出たので、口を右手で覆う。
そして僕はもう一度、その右手を宙に差し出す。
雪がそこに着地し、緋色に染まり、脆く消えていく。
総合的な時間の差異があるとはいえ、人生もこのようなものだろう。
この世界に許容され、ありがたく誕生し、そして——。
*
そして彼は白い絨毯に誘われるように倒れ伏せた。優しく哀しい笑みを浮かべて。
雪解けではない水が、閉じた双眸から流れている。