【読書感想】これでもいいのだ ジェーン・スー

思ってた未来とは違うけど、これはこれで、いい感じ。疲れた心にじんわりしみこむエッセイ66篇。

私だってモデルサイズ「/女子アナ」が勝利するとき/私の私による私のためのオバさん宣言/コンプレックスと欲のバランス/初々しい、男たちのダイエット/ありもの恨み/選択的おひとり様マザー「/一生モノ」とは言うけれど/勉強しておけばよかったほか。
Amazon 内容紹介より

この本の概要

積ん読解消月間、3冊目。大好きなジェーン・スーさんのエッセイ。
もうね、同世代の私としては共感しかないです。私も自称おばはんですから。
ダイエットのこと、女友達のこと、他人や自分自身が持つ無意識の偏見のこと、など、私たちおはばん世代のおもしろさや苦労がてんこもり。
40代女性は共感し、20-30代女性はこれからの未来にきっとわくわくすることでしょう。

特にお気に入りのエピソードを中心に軽く紹介。

「小ライスは私です」

仲の良い女友達と餃子を食べに行き、スーさんは小ライス、華奢ながら大食いの女友達は大ライスをオーダー。店員さんがライスを持ってきたら当たり前のように、スーさんに大ライスを置き、友達の方には小ライス…。
そこでのスーさんの思い。

私は心から、偏見のない社会の実現を望む。しかし、すべてをいちいち冷静に訂正する気力が常に満ちているとは限らない。そんな自信はまるでない。
かといって、その程度のことを気に病むのは馬鹿馬鹿しいと、したり顔で流すのも違うような気がする。ライスだったから笑えるが、この手の思い込みが、命とりになることもあるだろう。たとえば人種だったら?性別だったら?
こういうとき、どうしたらいいのだろう?「正しさ」はどこまで行使されるべきか、「勘違い」は、どこまで朗らかな笑いに昇華できるのか。

私であれば、「むむーーー( `ー´)ノ」と思いつつも完全に自虐笑いにして終わりだけど、ここでのちょっとした偏見をきっかけに別の偏見への可能性も想像できるのがスーさんだよな~と思う。
私たちの世代は(というかどの世代もそうか)、どうしたって古い世代と折り合いをつけながら生きてきているので、自分でも知らぬ間に、自虐で笑い話で済ませてしまったり、「そんなもんだよね」で済ませてしまうことが多い。それが全部が全部、悪いことだとは思わない。スーさんも悩んでいるように、「正しさ」を突き詰めすぎるとユーモアの分量が減ってしまう。「正しさ」だけでは息苦しい。
私自身は、こういうちょっとしたことを笑いに変えてしまうような、言ってみれば「流す」ことも、ある程度はあっていいんじゃないかと思う。
ただ、自分の無意識の偏見に自覚的でありたい。人を無自覚に傷つけたりモヤモヤさせることは本意ではないので。(ゼロにはできないだろうけど)
そして、自分たちが無意識で我慢したり流しすぎたことが、次の世代に引き継がれるのはあまりいいことだとは思えないので、誰かが声を上げたときに、ちゃんと賛同はしていこうと思う。

冴えない女の会

SNSで知り合った冴えない女の会メンバーで上野を満喫した話。「冴えない女の会」というネーミングがいいわ。私も冴えない女の自覚があるので、この会に入りたいよ。

根は真面目だが、生きる態度は少し不真面目で、キラキラ輝く向上心は持ち合わせていない。不器用というよりめんどくさがりで、合理性を尊ばない。そして鈍くさい。だからこそ、かりそめの正義で他人をさばき、煽ることもしない。だって、それってめんどくさいじゃない。
かすり傷だらけの冴えなさを癒すのは、四十度少し手前の、温泉のような集いなのだ。ここでは好戦的な私の交感神経がスッとオフになるのがよくわかる。副交感神経際、ようこそ、「冴えない女の会」へ。

わかるなぁ、この感じが。
ビジネスの場でぐいぐいいきたい自分とか、キラキラしたい自分も私のなかにはまだいるんだけど、でも「成功」とか「合理性」とか「効率」とかをくそくらえと思っている自分もいる。
私は「冴えない女」の成分の方が強め。冴えてたことないわ。

私だってモデルサイズ

水着を買いに行って試着したら、ぽっちゃりおばはん体型のはずが、アメリカのアシュリー・グラハムというトップモデルと同じシルエットでテンションが上がった、という話。

少し前まで「世間の普通」からはみ出していたあれこれが、どんどん肯定的に提示されるようになってきた。かつての「普通じゃない」が頻繁に人の目に留まるようになると、それはやがて羨望の眼差しで受け入れられる。こういうふうに、価値観がひっくり返る瞬間に立ち会うのが私はたまらなく好きだ。

ここを読んで、私も検索したよ、アシュリーグラハムを。

アメリカのプラスサイズモデルという、大柄なモデルさん。トップモデルなんですって。
これは確かに革命的!
なぜ!!日本に!!!こういう人がでてこないのだ!!!!

もうさーーモデルさんって細すぎじゃん!!!
あんな理想体型の人が服着たら、そりゃなんでもかっこよく見えるよ。見えるけど服買うとき、まったく参考にならないんだよね。あの体型の人がモデルをやってるのはより商品をよく見せようっていう作り手側の視点だと思うし、それはそれで今まではよかったと思うけど、これからは消費者視点でしょう?より消費者のニーズや満足度を考えたら消費者に近い体型のモデルを取り揃えたほうがいんでないの?!と私は思うよ。全然消費者にやさしくないもの。
もうちょっとリアルな体型の人をモデルにしてくんないかな?てマジで思う。

で、スーさんのこの価値観がひっくり返る瞬間が好きっていう感覚、すごくわかる。私はこのコロナ禍がそうでした。世の中がちゃんとひっくり返る感じ。自分自身は大変だったけど、でもちょっと嬉しい部分もありました。(というと不謹慎になってしまうかもしれないけども。)

すごく多くの人が、仕事中心で動いてた自分たちを自覚できたと思うし、家族や近くのコミュニティの大切さみたいなのも改めて感じることができたと思う。まずは「生きる」があって、そこに家族がいて、そのうえでの「働く」なんだよなーと。

命が脅かされた状態だったからこそ、「生きる」ことを全員が考えることができたわけで、それは、影響力のある人たちがどんなに「自分らしく生きよう」とか啓蒙活動を続けても難しかったことだと思うので、悪い面だけではなかったのだと思う。

これ以外にも、ほんとおもしろいエピソードと切り口ばかり。おばはん世代には超おすすめ!!

それにしてもこの方の感性と文章力、本当にうらやましい。

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