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なぜ企業で研究者は嫌われるのか(5) 開発部門から見た研究者(下)

このnoteでは、10年間企業や大学で研究職をしてきた僕が遭遇した事例から、なぜ企業では研究者・博士が嫌われるのかを書いています。

前回はなぜ開発部門は研究者が嫌いなのかということを書きました。

今回は、僕なりの経験から、開発部門のロートルおじさんたちと対立せずに仕事をするにはどうすればよかったのか、反省をこめて色々書きたいと思います。

STEP1: オジサンたちが愚かであることを受け入れる

しょっぱなから不穏ですが、まずはこれに尽きると思います。

いま日本企業を動かしている50代〜70代のオジサン・お爺さんたちは、基本的に愚かです。(若い人は驚くかもしれませんが、70代のお爺さんが経営の実権を握っている会社は少なくありません。下手すると80に手が届くような経営者もいます。)もちろん名経営者と呼ばれるような例外的に優れた人も少なくありませんが、古い中堅〜大企業ほど愚かな老人が上層部を占めているとみて間違いないでしょう。(最近迷走している某老舗巨大電機メーカーがよい一例です。)

もはや時代についていくこともできず、長年技術から遠ざかっている人々ばかりで、社内政治と出世競争に汲々として役職のイスを勝ち取ってきたことだけが財産という人々です。当然科学技術に関しては無知そのもので、最近では某社で電子決済が大失敗した時、総責任者が2段階認証とは何かも知らないということが明るみになった事件は記憶に新しいでしょう。(現金を扱うシステムを作るにしてはあまりにも愚かで話題になりました。)

日本という国は、パソコンもスマートフォンも使わないような人間がIT担当大臣になるような国です。官僚化が激しいザ・日本企業の場合も、政府や役所をなぞったように無知な人間を経営陣に据えることが珍しくありません。日本企業がなんとか動いているのは、どんなに愚かな人間がトップになっても、優れた一般社員がその後始末をしていることが大きな要因でしょう。

経営層はもちろんのこと、開発部門の中間管理職&長年旧製品の担当しかしてこなかったオジサン・お爺さんは基本的に愚かで無知です。最新の科学技術に触れ、ついこの間Ph.D.を取ったばかりのような新進気鋭の研究者がいたとして、大学も出ているか怪しいオジサンなど、少なくとも知識面では愚かに見えて当然です。

ここで重要なのは、愚かで無知なロートル社員に「あなたの判断は愚かですよ」と指摘したところで、耳を傾ける可能性すら極めて低く、まして賢明に意見を容れて自分の判断を曲げることなど絶対にない。という事実です。まぁ煙たがられて会議から干されるのが関の山です。

僕の10年間の失敗として、まず第一にメーカーのオジサンたちの愚かさを受け入れる必要があったと思います。どんなにReferenceや数式を添えて彼らの間違いを指摘したところで、聞き入れる可能性は全くありません。


STEP2: オジサンたちを立てる

愚かさを受け入れたら次のステップです。僕の場合は技術的な相談を受けたり間違いを正す提案をすることもありましたが、正面から提案しても絶対に聞き入れてもらえませんでした。また、製品化が決まった段階でも、オジサンたちは愚かなので、原理を説明したところで理解できませんでした。出来のいい中学生ぐらいの知的レベルだと思って間違いないでしょう。

そんなオジサンたちをなんとかするには、まずオジサンたちを立てることが必要だったと反省しています。とにかく開発部門のオジサンたちは僕ら研究者を「若造」だと思っておりプライドが非常に高いので、接待会議にするしかありません。(前職の末期には実際に下記のような接待会議を行い、多少の手応えが得られました。)

例えばですが、研究職から何かを提案したい場合、従来技術を紹介して参考にした旨を明記するとか、一度はベテラン技術者に相談したということを明記する(少しは知的に話が通じるベテラン社員を味方につけておく)とよいでしょう。また、クソ提案を受けた場合、発案者の名前を入れて「◯◯さんからアイデアの種をいただいて膨らませました」みたいな一言を入れておくだけでもだいぶ違います。それでもかたくなに従来技術に固執する場合などもありますが、実績を尊重する旨を伝え、手を引くことが重要です。僕は製品を良くしようという思いで食い下がったため、プロジェクトから干されました。


STEP3: 説明は中学生にもわかるように

STEP2で書いたように、開発部門のロートルオジサンたちの知的水準は中学生レベルです。どうせ内容の詳細はわからないので、説明はざっくりでもいいです。細かい原理など中学生に説明してもわからないとあきらめましょう。(それ以上の知的水準を持つ人なら向こうから質問してきます。)

オジサンたちは科学的な妥当性よりも、儲かるかとか、売れるかとか、工場で組み立てやすいかとか、そういったことにしか興味がありません。現に聞いただけで物理学的に不可能だとわかる提案をしてくるぐらいなので、彼らにはむしろ原理のところを説明しないほうがいいくらいです。

研究内容の説明をオジサンたちにする時は、「どれだけ儲かりそうか&売れそうか」「どこが他社と差別化できる技術なのか」「製造の時にここがネックになりそうだ」といった話題に絞ればよかったと思います。つまり「長年旧製品しかやってこなかったオジサンに興味がある話に合わせる」のです。


STEP4: わかる人はわかってくれると割り切る

何をやっているか見えにくい研究者は、社内での評価が上がらない場合も多いと思いますが、腐らないことと、理解が得られないことはアピールしない方がいいと思いました。

まず、学術的な価値は(少なくとも社内的には)どうでもいいと割り切った方がいいでしょう。同僚が学会発表や論文投稿を成果としてアピールしていたのですが、オジサンたちはそもそも論文や学会が何であるかすらも理解していないため、何の意味もありません。その分野の有名誌に載るレベルですら遊んでいると思われるのが関の山です。(嘘だと思うかもしれませんが本当です。オジサンの底なしの無知さを甘く見ないほうがいいです。)

評価をするのは研究所の自分の上司でしょうから、わかってくれる人にアピールするにはいいですが、会社のさらに上層部や、開発部門など他部門が同席する発表の場では、いかに製品化に貢献したか(または貢献する見込みがある進捗があったか)のみをアピールするしかありません。


STEP5: 製品化が決まったら

最後に製品化が決まったら開発部門に引き継ぐ機会があると思いますが、僕の場合はかなり徹底して多くの関係者を巻き込むことを考えていました。10年の研究職人生で唯一うまく行ったのが製品化だったので、この時は成功したと思えた瞬間でした。(まぁ成果は全部開発部門ということになり、僕は何ら評価されませんでしたが。)

同僚の事例では、巻き込む人数が少なかったため、オジサンたちに「わからない」「これはオレの仕事じゃない」と言われてしまったことが仇となりました。長年に渡りいつも決まりきったことしかしてこなかったオジサンたちは、とにかく未知の仕事を嫌がります。本人たちは自分の頭で考えて動いているつもりでしょうが、指示待ちもいいとこで、若い人のほうがよほど自分から動けるし提案もできます。

開発部門には若い人もいますし、数は少ないですがミドル〜高齢社員の中にも分別のある人は存在します。部長級の管理職に理解があれば最高ですがそれは望むべくもないので、できるだけ多くの人を巻き込み、理解を得ること、そしてオジサンたちに「わからないことは分担できる」と思わせることが重要でした。

もうひとつ歩み寄るべき点は、わからないことがあったらいつでも研究職に聞いてほしいということを繰り返し、巻き込んだ全ての人に伝えることです。前職では研究職は基本的に開発現場には入っていきませんので、「事業部に引き継ぐ」という形で引き継ぎ作業を行っていました。研究者の中には、次のテーマに移るので引き継いだ後は関わらないという姿勢の人もおり、開発部門からは不興を買っていました。

僕の場合は一人で研究していたので、製品化に当たり原理を100%理解しているのは社内でただ一人でした。もちろん引き継ぎで全員に全てを理解してもらうことはできないため、「僕は次のテーマに移りますが、不明な点はいつでも問い合わせてもらっていいし、会議にも読んでもらって構わない」という旨を関係者すべてに繰り返し通知していました。

これは思いの外うまくいき、(自分は大変でしたが)オジサンたちの信頼をいくばくか回復させることができたと思います。


手を取り合えないし分かり合えないけど

これは開発部門との付き合い方に限りませんが、僕が10年間で学んだこととして、研究職というのは一般の人と分かり合うことはできないので、こちらから歩み寄ってやっていくしかないのだということがあります。いかにメーカーの社員といえど、科学の知識に関しては素人であることを忘れてはいけませんし、所詮は一般の人間なので、理論的に掘り下げて考えることも、批判的に考えることも、原典を当たることも、数学的な思考もできないのだということを割り切るしかないでしょう。

わかってもらおうとすればするほど遠ざかります。相手は中学生並みの知的水準なんだと割り切って、手を取り合えないし、わかりあえないけど、これからもなんとか怒りを買わないように貢献する方法を模索していきます。

前職の末期、僕の口癖は「難しいことはさておき」でした。

幸運にも、これからもメーカーで研究職を続けられることになったので、10年間の「しくじり」の経験から、もっとうまくやれるといいと思っています。

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