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なぜ企業で研究者は嫌われるのか(4) 開発部門から見た研究者(上)

このnoteでは、10年間企業や大学で研究職をしてきた僕が遭遇した事例から、なぜ企業では研究者・博士が嫌われるのかを書いています。

「研究者」とそれ以外の「研究者を嫌っている色々な部門の人」両方の視点から書いていきます。どうすれば関係は改善するのか、どうすれば企業は研究者や博士をうまく使えるのか、というお話です。

僕が会社を辞めた経緯をこちらを見ていただくとして、今日は開発部門vs研究者のお話です。


「開発部門」とは何か

メーカーで働いたことがある人ならピンとくると思うんですが、意外に外部の人(特にこの記事を読む可能性のあるアカデミック関係者)はピンとこないようです。

メーカーでは、おおむね「研究」「要素技術開発」「製品開発」の3段階に分かれているところが多いようです。これに生産技術などを加えたり、間の段階を設けたりして4段5段になっている場合もありますし、僕の前職のように研究所を叩き潰すメーカーもありますが、だいたいどこも似たような構造になっています。

「製品開発」はまだわかるとして、「要素技術って何?」と思う方もいらっしゃると思います。実は各メーカーが勝手に社内でそう呼んでいるだけで実態はさまざまですが、ざっくり研究と製品開発の間ぐらいに思っていただければ結構です。

わかりやすく解説されている記事があったので張っておきます。

本記事での「開発部門」とは、製品開発部門のことだとお考え下さい。要素技術開発は(弊社では)研究寄りの部門でした。(僕も何度かそこに所属してた時期がありました。)

大学や研究機関の研究者で「開発部門の人と仕事したことあるよ」という方もいらっしゃると思いますが、アカデミックな人々と関わるのはほぼ確実に要素技術開発の人たちです。おそらく本記事でいう製品開発部門の人々が、アカデミックな人々と交わることは皆無だと思います(当社は皆無でした)。


じゃあ「製品開発部門」って何するところ?

本記事いうところの製品開発部門とは何をしているのでしょうか。あくまで当社はこうだった。というだけなのでご承知おきいただきたいのですが、主に次のようなことをしていました。

(1) 新製品(旧製品のバージョンアップ品も含む)の設計

新発売するための製品を設計します。ただし、彼らは「未知のもの」は設計しません。新製品といっても、多くのメーカーでは過去の製品の焼き直しであることがほとんどです。極端な人になると、旧製品の設計変更しかしたことがなく、白紙の状態から図面を引いたことがない人もいます。本当に未知から新しいものを作ることはなく、それは研究職や要素技術開発の仕事です。

(2) 現在販売されている製品の変更

現在販売中の製品が不具合を起こした場合、設計を変更しなければなりません。(ソフトウエアのバグが多いですが、バグ直しも製品開発部門の仕事です。)また、量産に使用している部品が製造中止になった場合なども設計を変更します。ちなみに、研究を全部取り上げられた僕に与えられた仕事が、不具合を出した部品の代替品を探すことでした。

(3) 設計した製品を量産するための試作と動作テスト

新製品の場合は、試作品を実際に作ってみて動作のテストや耐久試験、各種安全試験などを行います。試験項目は社内の基準や法令で決まっています。


他にも工場での量産の対応など様々な仕事がありますが、基本的には「現在販売されている製品」「発売がすでに決まっている製品」のことしかやりません。研究や要素技術開発とは仕事のしかたも領域も違うということでイメージしていただければと思います。


開発部門の言い分

ここからが本題ですが、当社では開発部門の人々は僕のような研究者が嫌いでした。お互いにカバーしている範囲が違うので、助け合って仕事をすればいいようなものですが、最終的には研究者を粛清して研究所を跡形もなく破壊し、要素技術開発までも軽視して部署を半壊させました。(要素技術は研究所出身者も少なくなかったため、粛清のとばっちりを受けた形でした。)

さすがに酷すぎたので僕も彼らの言い分を聞いたことが何度もあったのですが、次のような反応が返ってきました。


・研究者は全然モノにならない試作品を作るから量産に移行できない。すぐ量産設計できるようなものを持ってこい。

・研究者は難解な机上の空論を振りかざして、自分たちの研究は製品化の見込みがあると力説するが、開発のプロである我々から見て全然理解できない。

・ロクに役にも立たない自分の好きな研究を何年もやって、会社の予算を食いつぶしている。金喰い虫が遊んでるようにしか見えない。

・学会発表や論文執筆などの「お勉強」にいそしんで、会社に技術をフィードバックしようとか、利益に貢献しようという気がない。


と、まぁ散々な言われようでした。彼らがこうした認識で研究者を放逐した後にどうなったかという顛末は稿を改めるとして、嫌われる理由はこうした「貢献してない」「好きなことをして遊んでいる」「金喰い虫(給料泥棒)」ということに尽きるわけです。(そのくせググっても分からないことがあれば、僕ら研究者に泣きついてきたりするんですけどね...)


なぜ開発部門は研究者が嫌いなのか

ここまで書いてきたお話はすべて10年間で僕が見聞きした一例です。他社はどうかわかりませんが、これらの事実から、なぜ僕らは嫌われていたのか、なんとなくわかったような気がします。

長年旧製品のアップデートや製品の保守を続けてきたオジサンたち(注:研究所が嫌いなのは100%オジサンです。それも45歳以上に多いです)は、自分たちには理解できないことで会社の予算が使われたり、自分たちがツラい仕事をしているのに遊んでいるように見える研究者が嫌いなのです。長年製品をリリースして、厳しい納期や予算達成のプレッシャーにも耐え、不具合があれば呼び出され、工場と本社を何度も往復し、時に妻子を置いて工場に常駐してまで貢献してきたのです。つらい仕事で会社に利益をもたらしてきたのは自分たちだという自負があるのです。そうした「つらい仕事」を一切せず、会社の金で遊んでいる奴らなどぶっ殺してやりたくなるのも無理はないでしょう。

しかも、遊んでいる内容すら意味不明&理解不能で、そもそも社内で研究成果を見る場もない(あっても忙しいので行かない)ので、ますます何をやっているかわからなくなります。

時々次の製品の試作品を持ってきたと思ったら、そのまま量産に移行できる代物ではなく、実験台の上に所狭しと並べられた実験用の部品たちで構成された難解なもの。結局は量産向けの設計を要素技術の人たちと協力しながら改めてやることになるのですが、長年旧製品になじんできたオジサンたちからすればあまりにも難解で、研究者の説明もよくわからないし(難解な上に9割方コミュ障だし)、仕事が増えるだけだし、そもそもこんな実験用セットを量産用に設計しなおすのはオレの仕事じゃねぇし。と、恨みがつのるばかりなのです。


僕はこういう現状を知っていたので、可能な限りわかりやすい資料を用意したり、量産向けのコーディングレギュレーション(プログラミングの社内規則のようなもの)に従って研究用のコードを書いたり、試作の電子回路の図面も自分で引いたりと、できるだけ製品化を意識しながら仕事をしてきたつもりでした。しかし滅亡した旧研究所でそうした姿勢をとっていたのは僕とその周辺の1グループのみで、結局は開発部門との敵対関係を解消することはできず、複雑な社内政治の力学も手伝って滅亡に追い込まれました。

蛇足ですが、研究所滅亡の直接の原因は営業部門と開発部門の不興を買ったことと聞いています。開発部門は全社的にも立場が上で発言力も強く、営業部門の発言力はさらにその上をいくものでした。やはり直接利益に貢献している(とみなされている)部門の発言力は極めて強く、大企業の中での少人数の研究者を叩き潰すことなど造作もないことでした。


他社の話でも、世間の話でも聞こえてくる「研究者嫌い」には共通するものがあるように思えます。

「好きなことをして遊んでいるのにカネを貰うな。使うな。」

「お前たちのやってることは役に立たない。」

と。


次回は、どうしたら研究所は開発部門と対立せずに仕事ができたのか、僕なりに考えたことを書きたいと思います。

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