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龍の背に乗れる場所 7

 この歳になって初めて、パソコンを手に入れた。

 宅配便で届いたそれは、白井の遺品だった。彼女は遺書を残していたらしく、自分が死んだらこのパソコンを私に送るようにと書かれていたらしい。そんな内容の手紙が添付されていた。

 パソコンと言えばインターネットだ。偶にネットカフェで弄っていたので、操作方法は解る。後は環境の問題だが、丁度、商店街の祭事区画で三ヶ月料金無料、取り付け工事費無料のキャンペーンが開催されていたので迷わず申し込み、インターネット環境を開通させた。人生初の『自宅ネット』である。

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 パソコンの中には幾つかのフォルダがあり、その中に白井の日記があった。殆どは意味不明な言葉の羅列で、彼女の精神状態そのものと言った感じだったが、最後の日記、私のアパートに来る一日前の日記だけは、何となく意味のある気がした。

 key. hill qu pc!

 ただ一文、それだけが書かれた日記は、何を意味しているのだろうか。白井が私に伝えたかった事のヒントなのだろうか。

 ネットの翻訳サイトで直訳すると『鍵。丘の中のPC!』と出た。

 何かの鍵が丘の中のパソコンにあるのか、それとも、丘の中のパソコンが鍵なのか。

 何方にしても抽象的すぎて、私には難解だ。どうせなら解るように、更に言えば日本語で書いて欲しかった。

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 自宅でインターネットが出来るようになった私は、まず色々な人の創作歌詞を見た。全員素人で形式もバラバラだったが、どれもこれも、私の書いたデタラメな詩よりは上手かった。

 私もインターネットに詩を上げてみたかったが、それにはホームページと言う物を自分で作らねばならず、そんな器用な真似は出来ないので投稿サイトを探し回った。自分のホームページなら自分だけの作品が表示されるのに対し、投稿サイトは有象無象が犇めく中にポツンと自分の作品を置く感じだ。

 そんなもの誰が見るんだと思いつつも、色々物色していると、ある創作小説に出遭った。

『義経乱舞~憎愛の果て~』というタイトルの通り、源義経と架空の恋人達との愛憎劇を綴った物語で、文章の一つ一つが雅やかな言葉で飾られた、読んでいて、うっとりとする作品だった。

 作者名は『休み時間』。巫山戯たペンネームだが、プロフィールを読むと会社の休み時間を利用して書いているらしく、そこから安直に着けたのだと書かれていた。

 ペンネームというのは自分の分身みたいな物なので、それほど安直に着けても良いものだろうかとは思ったが、探せばもっと安直で巫山戯過ぎたペンネームも多数発見できたので、私の知らない文化なのだなと思う事にした。

『義経乱舞~愛情の果て~』は、見つけた時には二十話まで投稿されており、回を読み重ねるにつれ、私は、雅やかさが増す文章で綴られたこの作品と作者のファンになった。

 一話から二十話まで余すところなく感想を書き送り、何時更新があっても良いように、お気に入りのブックマークを付けて次話を待ち続けた。私が書いた感想には、休み時間氏が返信コメントをくれ、それもまた嬉しくて、連載が三十話になる頃には、お互い打ち解けた文章で会話を交わすようになった。

 実は、休み時間氏には白井が残したメッセージの謎も、経緯を話さずに漠然と相談しており、氏も興味を示してくれていた。

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 それが私のインターネット生活六日間の軌跡であり、目に見えない友と過ごした全てだった。

 インターネット生活七日目に、休み時間氏のページを覗くと、『休み時間が無くなったので執筆を休業致します。今まで応援頂いた皆様、有難うございました』という文章が貼り付けられており、それ以上、探しても何も見つからなかった。

 目には見えなくても楽しく過ごせていた、急ではあったけれど親しくなれた、そんな思いで毎日、架空の恋人と逢引きしている様な気分だった私は、言い知れぬ虚無感に襲われた。

 また一つ、大事な物を失った気がして涙が止まらなかった。自分の無力さにほとほと嫌気が差してきた。

 休み時間氏の作品は、まだまだ連載が続く雰囲気であったし、氏も書くのを楽しんでいたように感じた。そして何時も返信コメントの最後には『有難う、これからも連載頑張ります』の文字が記されていた。

 文面から多分、男性だとは思うが本当の所は彼なのか彼女なのかすら分からない架空の人間に――だからこそ本心を見せられる――現実の人間以上に確かな繋がりを感じていたのは私だけだったのだろうか。

 思い出に浸りたくて、休み時間氏が私に寄こした返信コメントを読み返した。最初はぎこちなく、二十話を過ぎる辺りから打ち解けた雰囲気になり、そして三十話にもなると、お互いの感性で冗談を書きあったりしていた。

 確かに意味のある時間がそこにはあった筈なのに。

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 最終更新話である三十四話目の返信コメントを見た時、私は胸が締め付けられた。ひっそりと、追記が記されていたのだ。


 追記:
 以前お話にあった謎解きメッセージですが、自分なりに考えた結果、アナグラムではないかと思い立ちました。そう思ったのは、単語の羅列が自分の心境と似通った物だったからです。

 key. hill qu pc! これは謎でも何でもありません。

 心の叫びを閉じ込めた鳥籠、いえ墓標です。

 これを書いた方は、自分の心という名の墓丘の中に、本心を閉じ込め、鍵を掛けたのではないでしょうか。

 並び替えるとこうなります。

 help. quickly! (早く、助けて!)

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 窓から差し込む月明かりが、ウィスキーの空瓶に当り、反射し、屈折し、私の身体に斑模様を刻んでいた。

 静かに、誰にも聞こえない聲で蝉が鳴き、その微かだが終わらない旋律だけが私にとっての真実だった。