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白の道標 (みちしるべ)

お昼休みから会社に戻ると、同僚達が騒いでいた。近くのビルの屋上から、背中に羽根の生えた人間が街はずれに飛んで行ったという。

噂の有翼種(ゆうよくしゅ)が現れたが見なかったかって私に聞くから、私は安心して「見なかった」と答えた。

それは私だから。

人気(ひとけ)の無い所で背中を掻いていたら、刺激で翼が広がったので、収まるまで隠れていたの。

天使のような白い翼を持った人間を見た、との何件もの情報が、世界中でほぼ同時に報道された。環境のせいか宇宙人なのかその正体はわからないが、世間では神の使いなどと言われ崇拝の対象になっている。

私は先月、家でソファにもたれていたら、突然肩甲骨から四枚の翼が飛び出て来た。原因はわからない。普通の日本人の25歳のOLで、神様の存在は信じていないし、飛ぶ以外の能力もない。特別扱いされては迷惑だから家族にも秘密にしてる。

私達がみんなの役に立つのなら嬉しいけど、具体的に何をすればいいかもわからない。

映像が有翼種の姿を捉えることがある。テレビで見る限り、人種や性別などの共通点はなさそうだ。カメラに映された仲間の多くは西へ飛び、地上へ降りることなく消えてゆく。

誰かが呼ぶのだろうか。そこに私達の使命があるのだろうか。

仕事を終え駅に向かうと、広場に人だかりがあった。

中心にはTシャツにジーパン姿の有翼の男性がいた。大学生風の彼は花壇の上に立ち、二枚の翼をはためかせ、今こそ全ての諍いを止める時だと、聴衆に熱く語っている。顔を晒して平和を説く彼の勇気に、私は心を打たれた。

どよめきと共に、彼に注がれていた視線が一斉に私に向いた。

事態が理解できずに周りを見回すと、私の羽根が広がっている。人の波が私の背中を圧迫していたようだ。次々と私に握手を求めて来る人々。

戸惑いながらも応じていると、地面に着くほどの大きさの私の翼と、背中までの彼の小さな翼とを比べる声が聞こえる。捨て置かれた有翼の彼が私を睨みつけている事に気が付き、私は恐ろしくなって空へと逃げた。

疲れて地上に降りると、いつから追っていたのか、母子連れが私に駆け寄って来た。

子供が羽根を欲しがっているからと、若い母親は私の返事を待たずに翼をむしった。激痛に悲鳴を上げると、4歳くらいの娘を抱えて彼女は走り去った。

何時しか滲む夕日を追いかけていた。

行く先々に落ちている羽根は、揺ぎないものにすがった仲間達の足跡。

点在する力尽きた亡骸は、絶望と決別した私達の安住の地への道標となり、墓標ともなる。


〈終〉

写真:フリー素材ぱくたそ(pakutaso.com)

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