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慈悲の代償

とある町で大量殺戮事件が起きた。その報道は止む気配がない。

居合わせた44人もの人を殺した、歴史上最悪事件の犯人は、俺の中学・高校の親友だった男だ。

一週間が経った今日。犯人が自殺したと、ニュースで知った。親友の死に衝撃を受けた俺は、その悲しみに耐えきれなかった。そこで、急いで緑色のカプセルを飲んだ。

10分後。

〈悲しまないで〉

窓辺の鉢植えのガジュマルが俺の心に語りかけた。その優しさが俺の心の痛みを癒す。

この緑色のカプセルは親友が作った『植物と心を通わせる薬』だ。


親友は、繊細で少し変わった奴だった。

高校卒業後、八年ぶりに会った去年。仕事に忙殺され心が病んでいた俺に、奴がカプセルとそのレシピをくれた。
こわごわ飲んでみたら、身近な植物が出す癒しのエネルギーを受け取ったことで、たちまち俺は元気になった。

植物とカプセルに何度も救われた。

奴との再会から半年後にあの事件。そして奴自身の死。辛いことが重なっても、カプセルを欠かさず飲むことで心は落ち着いた。だが、貰った分がどんどんに減っていくことが不安だ。そこで、材料の植物を集める為に山へ行った。


山に入ってしばらく経つが、不思議なことに、無数にある木々は語りかけてこない。実は更なる癒しを求めカプセルを飲んでから来たのだが、反応はかなり薄い。

街中にある植物とは性質が違うのだろうか?

そう考えながら山道を下ると、目の前を細長いモノが横切った。蛇だ!
毒蛇か? 俺は死ぬのか? 怖い!!

恐れおののく俺を意に介さず、蛇は森に消えていった。未だ恐怖の中にいる俺。
そこに、植物のエネルギーを感じた。

〈大丈夫だよ!〉

〈もう怖くないよ!〉

〈落ち着いて!

〈君は無事だよ!〉

植物達の意志が、濁流のように流れ込んで来る。何という高揚感だろう。今まで経験した中で、一・二を争う快感だ!

俺は理解した。植物は人間の『負の感情』を養分としているのだと!

カプセルを飲んだら植物を介して、そこにいる人の『恐怖』や『絶望』を『快楽』に変換して受け取ることが出来るのだ。負の感情が大きければ大きいほどその快感も比例して……。これだったんだ!

俺は迷わず、ふもとの町に駆けて行った。


こんな短期間に、二件も大量殺人事件が起こるとは。しかも犯人は友人同士。二人とも逮捕後『カプセルをくれ』と言いながら自ら命を絶った。

双方の自宅から押収されたコレは、ただの植物エキスだと、鑑識は言っていたが……。

捜査員として体を張って試してみようと思う。


〈終〉

写真:フリー素材ぱくたそ(pakutaso.com)



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