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【小説】「君と見た海は」第四話「喪失」

五木田洋平さんの音楽をリンクさせて頂いています。よろしければ音楽を再生しながらお読み頂けると幸いです。



第4話「喪失」


 翔太が水産高校の寮に行ってしまってから一週間後に私の高校生活が始まった。その間に、既に私は抜け殻のようになっていた。こんなにも大きな存在だったなんて気付かなかった。いつも一緒にいるのが当たり前で、空気のような存在だったから。翔太からの改まった「つきあおう」がなくたって、一緒にいたのだろうと思う。中学校三年生の三月までは・・・・・・。

 翔太はLINEをするのが苦手なタイプだとは知っていた。返信はほとんど来ないだろうという覚悟もしていた。でも、これまでと違って学校で会うことも、話すこともない中での音信不通生活は、予想以上に私にダメージを与えていた。翔太は、恋人でもあったのだが、一番の親友だったのだ。心の拠り所を無くした私は、海の中を漂うミズクラゲのようだった。自分がそこにいないかのように無色透明で、ゆらゆらと海中を漂いながら、出会うものの色に染まって見える。翔太と海辺で戯れていた頃、私たちは水面みなもに光るミズクラゲを見付けた。ミズクラゲは、海の青さに混じっているからよく見ないと見えてこない。時折、光の加減でそこにいると分かる。私は自分を見失った。翔太を頼り過ぎていたのだ。まるで兄弟のように。

 私には父親がいない。詳しい事情は母から聞いたことがない。自分が小さい頃に離婚しているらしく、気付いたら母親と私と二人きりだった。何かが足りないけれど何が足りないのか分からない。そんな時、翔太は私を補ってくれる存在だった。
「ひとちゃん、翔太くんが向こうに行ってから元気ないね」
 母は心配をしている。でも、自分ではどうすることもできなかった。

 今日もうつろな気持ちで登校した。
「ねえ仁海ひとみ、翔太君と離れ離れになったことは、もしかするとプラスなのかもよ。自分で自立することが必要な時期ってことで」
 同じ中学から進学した美月が言った。彼女は、遠慮せずに物を言うタイプだ。時々、言い過ぎだなと感じることはあったが、一緒にいるのは楽だった。翔太以外で、誰かと一緒に過ごすなら美月しかいない。
「そっか、自立ね。翔太は私にとって父親みたいなものだったのかも」
 私は、自分で言った言葉がとても腑に落ちた。
「私、新しいこと始めてみようかな?部活とか」
 心配そうな表情を浮かべていた美月が微笑んだ。
「部活ね!仁海はどんな部活をやりたいの?」
「文化部がいいな。美術部か放送部。面白そう」
「楽しそう。一緒に見学に行こっか?」
 美月と一緒に見学に行った結果、二人で美術部に入ることに決めた。先輩が描いている絵が本格的だったのだ。写真のような写真的な絵を描く人もいれば、自分の内面を色や構成に込めている抽象的な絵やデザインを描く人もいた。私は、自分の内面を見つめてみたかった。心の中は何色でどんな形をしているのか知りたかったのだ。ミズクラゲのように無色透明になった私は、色と形を欲していた。
 授業はほどほどに興味深く、ほどほどに難しくて、これまで以上に自分で学ぶことが必要だった。部活動も、自主的に活動日を増やすことができて熱中できた。そうして四月が終わろうとしていた。家で課題のレポートをやっていたら突然、LINE電話がなった。
「もしもし、元気?仁海ちゃん」
 それは懐かしい、愛しい翔太の声だった。会いたいと心の底から思っていたのに素直に喜べなかったのは、翔太に対してぎこちない感情を抱いていたから。連絡がないと相手のことを疎遠に感じ、距離感ができてしまう。
「え?あ、うん。久しぶり・・・・・・」
「えっと・・・・・・。あした?」
 会話をどうつなげていいのか忘れてしまった。突然の電話に緊張して、何をどう話したのか覚えていなかった。でも翔太から「明日から五月の連休で三日間地元に戻るから、一緒に遊びに行こう」という突然すぎる誘いを受けたことだけは確かだった。

 嬉しさと同時に戸惑いを感じていた。もしも、電話と同じように言葉に詰まってしまったら? 不安が高まった。




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