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書評『Cの福音 朝倉恭介 VS 川瀬雅彦』ー ビジネス系自己啓発書を読むより、小説を読むべし

小説の効用は読み手によって大きく変わる。単なる暇つぶしとして読めば、暇つぶし、という効用を得られる。この小説から多くを学び取ってやろう、というスタンスで読めば、大きな学びが得られる。
この小説「Cの福音」も同様。

主人公の朝倉恭介。鍛え上げられた肉体を持ち、自宅ではなぜか裸で強靭な肉体を誇示する。誰も見ていないけど。そして音楽を楽しみながらシャンペンを飲む。ベタな演出だが、かっこいい。自分もそうなりたい、と思わせる演出であり、素直に影響を受け、ジム通いを始め筋トレに目覚める読者もいることだろう。ポジティブに人生を変える力がある、というのは小説を読む大きな効用。

脇役の稲田茂実。商社マンがふとしたきっかけからコカインに手を出し、溺れるように絡み取られ、やがて販売ルートを維持するために下働きに利用される。コカインの誘惑に抗うことができず、いとも簡単に最悪の選択を重ね、転落していく。自らの理性に基づき選択する、という行為ができなくなる。
麻薬の怖さを鮮明に描き出している。麻薬中毒の怖さは知識として知っているが、ストーリーとして描写されるとその怖さが心に迫ってくる。このように立体感のある知識の習得が小説を読むことにより可能となる。

さらに、仕事への大事な心構えを教えてくれる点も小説の効用。
主人公・朝倉恭介が見せる仕事への完璧さの追求がすごい。麻薬密輸入・販売ルールの維持という神経を研ぎ澄まさなければ失敗する仕事であり、当然ながら細心の注意が必要だが、一般の仕事にも通用する。様々なリスクを想定し、極力リスクを最小化するようにプロセスを構築する。一度ルールを決めたらそれを守り通す。細部へのこだわりはどのような仕事にも必要だが、「男なら細かいことを気にするな」というような信奉があり、バカにする風潮もある。しかし成功するビジネスパーソンは、凡人が想像を絶するような細心力を発揮して万全を期すことができる。そのような細心力の重要性をこの小説は鮮やかに描いており、それはほんの小さなほころびから崩れていく。

ビジネス系自己啓発書に書かれているノンハウ自体は重要ではない。むしろ「高度なノンハウを使いこなして仕事をバリバリこなすオレ」という幻想を頭の中に作り出すことにより、実際の仕事へのポジティブな影響が生まれる、ということが、自己啓発書の目的。
そのような幻想を生み出すには、必ずしも自己啓発書である必要はなく、むしろストーリー性を持ち、リアリティーを持って想像したり登場人物への感情移入により右脳に働きかけて、より鮮やかな幻想を頭の中に作り出すことが可能となる小説の方が優れているとも言えるのである。

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