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美味しい珈琲はいかが?3 一杯目

「喫茶小さな窓」。
 名前に反比例して大きな窓の外は森のような木々に囲まれ、ここは都会の真ん中なのに、とても静かで、まるで異世界にでもいるようなお店。

 店長のマスター。50代後半の白髪交じりの男性は背筋が伸び、ベストにネクタイと言ったいで立ちがとても似合う紳士的な人で、とにかくこの人の淹れる珈琲が美味しい。

 何と言っても珈琲嫌いの私が美味しいと飲める珈琲を入れてくれるんだもの、他の人からすれば絶品なんだろう。

 私はこのお店でバイトをしている香といいます。
 ここの珈琲が美味しすぎてマスターに頼み込んで無理やりバイトを始めて、早1年と6ヶ月。高校2年生の女子だ。

 この間に変わった事と言えば・・・。

 厨房が出来た事。でも、軽食も食べたいというお客さんも増えたから、食事に限りテラスで食べてもらえるように店を大きくしてもらったこと。

 お陰で、サンドウィッチの他にも料理を楽しんでもらえるようになった訳です。料理を作るのは私の仕事。お客さんからは、香ちゃん料理長と呼ばれている。


 平日のお昼休み。所謂、学校で勉学にいそしむ?間の束の間のお昼時間。

 私は仲の良い女子たち3人でお弁当を食べている。
 色々な話しをする訳だけど、その中でも一番盛り上がるのは、やはり『コイバナ』。

「ねぇねぇ、1組の田口君って、カッコいいと思わない?」

 田口啓介。同じ高校の1組にいる男子で、成績優秀な上にバスケ部。その上、優しいと天に二物も三物も与えられた学校で一番の、所謂『イケメン』の男の子だ。

 当然、狙っている女子も多い。

「私、今度、告って見ようと思うんだよね!」
「え〜、やめときなよ!どうせ、撃沈されるんだからさ!」

 そう、田口君はしょっちゅうのように告白はされているんだけど、彼女を作らないことでも有名。だから女子達は獲物を狙うが如く、告白をする。中には何度も断られても告白をするタフネスな女子もいる。

「ねぇ、香は田口君の事は気にならないの?」
「え~、私はいいよ。」

 私は小さな窓でバイトをしているせいか、大人のお客と話をすることが多い。
 故に、同じ学年の男子は、子供っぽく見えてしまうのも現実。だからといって、恋愛に興味がないわけではない。やっぱり彼氏が欲しい年頃ではある。

「香なら、大人っぽくて美人だし、彼氏の一人や二人いてもおかしくないと思うんだけどなぁ~。」
「ちょっと、私はそんな浮気者じゃないわよ!」

 皆で笑いあった。


 喫茶『小さな窓』にて。

「カランカラン。」扉のベルがなる。お客さんが来た合図だ。

「よお、こんにちは!」
 いつもの常連さん。歳は60代かな?少し、頭が寂しい気さくなおじさまである。

「いらっしゃいませ。いつもの珈琲で良いですか?」
 私がお水とおしぼりを出すと、常連さんは腕時計を外し、その時計をカウンターに裏返して置く。そしてその手首をおしぼりで拭くのはいつもの事だ。

 それは、このお店では『時間を惜しまない。ゆったりと過ごしたい。』と言うのが本音だとか。だから、このお店にも時計はない。あるのは少し小さめのボリュームのジャズが流れるレコードぐらいだ。

「今日はサンドウィッチはいらないんですか?」
「ん?ああ。さっき食べてきた所だからね。おっ?また新しいメニューが出来たのかい?」
「ええ、野菜たっぷりのチキンサンドです。栄養のバランス、バッチリですよ!」
「それは楽しみだな!今度、貰う事にするよ!」

 店内では、サンドウィッチしか出さない。料理をしてしまうと、せっかくの珈琲の香りが損なわれてしまうから。それはこの店内では暗黙のルールなのだ。サンドウィッチの他はパティシエ店長のお店から仕入れている甘さ控えめのケーキとクッキーぐらい。

「ちょっと、聞いてくださいよ~」
「なんだい、香ちゃん?」
「今日、学校で『コイバナ』が話題に上がったんです!友達が私なら彼氏の一人や二人、いてもおかしくないって言うんですよ!」
「香ちゃんは綺麗で愛想も良いんだから、男子が放っておかないって事なんだろ?そんなに怒るなって。」

 常連さんたちには、素直に話しをすることが出来る。まぁ、常連さんからすれば、私は『孫』は言い過ぎでも年の離れた娘ぐらいの感覚なんだろうな。
 だから、少しだけ私も甘えてしまって、言いたい放題。時には説教?することもある。

「それじゃ、俺の若い時の『コイバナ』をしてやろうか?」
「え?モテてたんですか?」
「馬鹿にすんじゃねーよ!これでもブイブイ言わせてたんだからな!」
「ハイハイ、そういう事にしておきましょ。」
「マスター、香ちゃんが信じてくれないよ~!」

 マスターは珈琲を淹れながら、クスッと笑い

「私も付き合いは長いですけど、モテてたって話しは初耳ですよ。」
「ひでーな!本当にモテてたんだって!」

 私達は大笑い。私はこの空間が大好きだ。
 私は恵まれていると思う。普通は嫌な事の一つや二つ、ある物だろうと思うのだが、この店に関しては、それが全くない。マスターもお客さんも、みんないい人ばかりで、時たま帰りたくないぐらい居心地が良いのだ。

「本当に、『俺のコイバナ』をしてやるよ。アレは俺が小学生の頃だったなぁ~。」
「え?まさか学校の先生に恋をしたって話しですか?」
「当たり前だろ?その他の恋愛って、ウチのかみさんぐらいだよ。」
「それはそれは、ごちそうさまです。」
「うちのかみさんは、それはそれは綺麗で高嶺の花で・・・。」
「はいはい。」

 そんな話をしていると、扉が開くベルがなった。

「こんにちは。香ちゃん。」

 噂をすれば、常連さんの奥さんがやって来た。
 奥さんは、見た目は白髪交じりなのだが幼顔で髪を染めれば実年齢よりも若く見えるだろう。以前に入院をして居た頃のお見舞い以来の知り合いで、元気になった今ではすっかりとこのお店の常連になっている。

「今ね、奥さんの話をしていたんですよ!高嶺の花だって。」
「おいおい、今言わなくてもいいだろう!」

 常連さんは少し、顔を赤らめている。

「あら、そんなことを言ってたの?あの頃は、何度もプロポーズをされてね、ついに根負けしちゃった。今では後悔してないけどね。」
「あらあら、のろけですか~憧れます。」
「香ちゃんも、そんな恋が出来るといいわね。」
「ただいま、彼氏を募集中です!」

 奥さんのブレンドはご主人よりもスッキリしていて、なおかつ、香り豊かな珈琲が好み。
マスターが試行錯誤の上に出来上がった一品だ。
 まぁマスターからすれば、この時間が一番、好きなんだそうだけど・・・。

「さて、そろそろ帰りましょうか。」
「ああ、そうだな。」
「ご馳走様。今日も美味しかったわ。」
「ありがとうございました!また来てくださいね!」

 常連さん達は、腕を組んで帰って行った。私も、そんな旦那様?彼氏が欲しいもんだ。

 うらやましいと思いながら、扉を閉めるのだった。


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