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とあるホテルの日常⑤

 そんな事がありながらも、ホテル業は楽しい。

 今回はテニス大会出場につき、高校生の団体客のご利用の日。


 連泊の予約ではあるが、トーナメント試合のために結果で連泊かどうかが決まるらしい。

 最終日まで残れば「5泊6日」の大口だ。

 10名程の生徒を引き連れて、先生がチェックインの手続きをする。

 その団体は地方からやってきたので、皆、こういったホテルなどの利用は初めてなのだろう、浮足立っている。

 先生が部屋割を決め、その部屋割表のコピーを頂いた。

 何かあった時に個人を特定、対応するためである。

 エレベーターに乗る訳なのだか、いっぺんには乗れないので、数回に分けて乗り込んだ生徒達は、はしゃぎだした。

 「コラ!静かにせんか!」と一喝した後、こちらにペコリと頭を下げたまま、エレベーターの扉が閉まる。

 当館には大浴場があり、当然の如く高校生団体も利用出来るわけなのだが、心配でもある…

「先生に任せとけば、大丈夫!」

 と、自分に言い聞かせる。


 しばらくしてフロントの電話が鳴った。先生だ。

 話を聞くと、素振りなどの練習をしたい生徒といるようで、どこか広い場所はないですか?と言うことだったので、広場にテニスコートがありますので、そちらを使ってくださいと案内をしたのだが、有料では?と聞いて来たので、ご宿泊のお客様は無料ですよと言えれば、電話口からもわかるぐらい喜んでいた。

 翌日、第1試合。

「勝ってくれよ〜!」と祈るばかり。

 なんせ、連泊になるかどうかが、かかっているのだから、祈りにも力が入る。

 午後3時頃に帰って来た。

「どうでしたか?」

「5人中3人が、次に進みます!」

 先生も興奮冷めやらずの状態で、試合の模様なども、詳しく話してくれた。

「明日も勝つことを祈りますね。」

 と言い、レストランで食事をするように促した。

 
 2日目、第2試合。

 試合模様はテレビでもラジオでも流れないので、こちらとすれば、気が気でない。

 仕事をしている時でも、どうなったかが気に掛かる。

 同じく3時頃に帰って来た。


皆の顔が暗い…


「負けました…」監督がすまなそうに言った。


「そうでしたか…残念です。」


「予約よりも早いチェックアウトになります。すみません。」と申し訳なさそうに何度も頭を下げるのを見て、「すみませんでした!」と生徒全員が頭を下げる。

 少しグッときた私は、「皆さん、お部屋に戻って1時間後にまた、フロントまでお越しください。」

 何?と言わんばかりにポカンとしていたが、そそくさとエレベーターに乗り込んだ。

 レストランへ行き、厨房にいる料理長に

「あの若い子達、今日の試合、負けちゃってさ。明日でチェックアウトなんだ。そこで何か、ここに来て良かったと言う思い出を作ってやりたいのだが、何かいい案、ない?」

すると料理長は胸をドンっと叩いて

「任せてください!腕によりをかけて、美味しい物を作りますよ!」


1時間後。


 テニス部全員をレストランに案内をする。

 料理長が「皆さん、試合、大変にお疲れ様でした!これは、私共からの餞別と思って遠慮なく召し上がってください!」

 レストランスタッフが食事を運んできた。

 普段はこのようなメニューは出さないのだか、若い高校生達には、これが喜ぶのでは?と肉料理をメインに唐揚げやピザなどのジャンクフードまで、運んできた。

「おぉ~ッ!」っと声を上げる生徒達をよそに、先生がこちらに向かって来る。

「あの、こんな豪華な食事は頼んでないのですけど?」

「構いませんよ。私達からのほんの少しの励ましです。」

「ありがとうございます。」

 先生は、深々と頭を下げた。

「おかわりもあるから、沢山食べてくださいね!」

「はい!ありがとうございます!」


 今日、負けたと言う気もちは何処へやら…生徒達は皆、楽しそうに食事をしていた。


 生徒達が食事を楽しんでいる様子を、影から副支配人が覗き込みながら「フッ」と笑いながら後にした。


 翌日、チェックアウトの日。


 テニス部全員がフロント前に整列をして

「ありがとうございました!」
 深々とお辞儀をする。


 皆が頭を上げて、帰るのかと思いきや、ジッとこちらを見つめて動かない…


 先生が、「支配人さん、何かこの子達にひと言お願いします。」


 え?と思いながらも、言わないといけない空気なので


 「そ、それでは一言だけ…」


 コホンと息をつき


「皆さん、大変にお疲れ様でした!

 このホテルは気に入っていただけましたか?

 また来年も皆様がお越しになることをスタッフ一同、お待ち申し上げます。頑張ってくださいね!」

「ハイ!ありがとうございました!」


ホテルには珍しい、青春の風が吹いた。


でも…


「支配人、いいんですか〜?高校生相手に、大盤振る舞いして?お陰で、大赤字ですよ〜…。」

と副支配人。


(また、コイツか…)


そう思いながらも、

「彼達の思いを応援しないで、どうする!我々、大人達が出来るのは、せいぜい金を出すだけだ!それに、来年も再来年も来る可能性もあるじゃないか!」

と、一喝。

副支配人は一瞬、怯んだが


「知りませんよ〜。」

 と言い残すと、帰って行った。


 さて、団体客の空いた穴を、どうするか…。

 それを埋めるのも支配人の仕事よ!

 と、顔をパンパンと叩いた。

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