小説 ちひろ
この小説は、映画にもなった漫画「ちひろ」「ちひろさん」を元に小説化しています。
小説化するにあたって、快く承諾していただきました原作者の、安田弘之先生に感謝申し上げます。
参考著作 原作・安田弘之氏 「ちひろ 上下巻」「ちひろさん 全9巻」
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それと・・・
この小説「ちひろさん」は、僕個人が感じ取った、ちひろさんの世界で、皆さんの中のちひろさんとは違うかもしれませんね。
でも、それはそれで正解だと思っています。
さらに僕個人は、この小説を収益化することは、考えてません。
あくまで、「布教活動の一環」と思って頂ければと・・・。
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カン、カン、カン、カン、カン、カン!
暗闇の非常階段を何かに追われているような勢いで駆け上がっている音が聞こえる。ビジネス街だからなのだろうか、誰もいないビルに大きく反響した音は、すぐに闇に飲まれ、そして消える。
「ハァ、ハァ、ハァ」息を切らせながら屋上のフェンスを当たり前のように乗り越え、ビルの「縁」に立つ。
暗闇。
何もかもが失われたかのような空間は、嘘を許さない慈悲なき神のような、全てを許してくれる悪魔のような…。
「もう、楽になりたい・・・」私は自然と溢れた涙と嗚咽を止めることなく暗闇に懇願した・・・。
私は裕福ではないが、それなりに良い環境で生まれ、親は私が小さい頃から”親にとって都合のいい”教育を施した。
私は、「それが嫌だった」。
ある日、山に連れて行ってもらった時、沢山のドングリを袋いっぱいに集め、母に「ママ、見て!」パンパンの袋を自慢げに見せる。母は冷徹に「食べれないんだし邪魔になるから捨ててきなさい。」と言い、失望した私は幼な顔には出さないように必死で抑えながら、ドングリを捨てた。
「「それ、いいね。」って言われたかっただけなんだけどなぁ・・・。」
私のつぶやきも暗闇に消える・・・。私は心が死ぬ度に、こんなことを社会人になってから繰り返してきた。
私の名前は「古澤 綾」. 何もできなくて、でも何かを求めている20代のOL。
私の周りは出世するための競争に落ちまいと、影で唾を吐きながらも上司に媚び売る人と表面上は気心知れた仲間といいつつ、マウントを取ろうと必死で好条件の男性を捕まえるために、仮初めの恋に生きる女性たち・・・それが、普通なんだと頑張ってみたものの、どうしてもなじめず、最終的には、「何かおかしい」「気持ち悪い」とまで感じるようになっていた。
今度こそ、今度こそと死を望むのだが、どういう訳か暗闇は私を受け入れてくれない。吹き上がったビル風が、こっちに来るには早すぎるよと言わんばかりに私の髪を巻き上げる。
—そっちに行けば、楽になれるはず、こんな苦しい生き方から解放されるって解ってるはずなのに・・・。
私は、いつものように湧き上がる衝動を暗闇に捨て、非常階段をゆっくりと降りていくのだった。
どれくらい歩いたんだろう・・・ヨロヨロと歩く足が棒のようだ・・・
でも、今日だけは、そう今回だけは、本気で壊れそう「姉ちゃん、暇なら俺と遊ばない?」ナンパしてくる酔っぱらい…いっその事、こんな薄汚い男に抱かれるか?そうすれば、楽になれるんじゃないか?
・・・男の声を無視してトボトボと歩く。「チッ、ノリ悪ぃーな!」
男の声が背中に響く。
うつむきながら歩いてふと気が付けば、繁華街の裏通り「歓楽街」に来ていた。
薄暗い街中にギラギラとネオンが光る。「もう一軒、遊んで行こーぜ」と叫ぶ酔っ払い「お客さん!寄ってってよ!サービスするよ!」と呼び込みの声…こんな光景は今まで見たことがない。
その中で一つのお店が目に入った。
—ファッションヘルス「ぷちブル」。
「接客嬢募集!」張り紙があった。