見出し画像

とあるホテルの日常⑱

 それから、さらに半年。

「今日は人事の話をしたい。」

 佐藤が言った。

「副支配人を決めようと思う。」

「副支配人は、君だよ…。」
 と、ひとりのスタッフの方をポンポンと叩いた。
 あの、真面目にリサーチをした子だった。

「何でですか?」
 他のスタッフが詰め寄る。

「君達は彼の働きを見てないのかい?」

「・・・そう言われると、何も言い返せません。」

「では、新たなる副支配人には、私の片腕となってもらうべく、さらに厳しい教育をするからな!」

「はっ、はい!よろしくお願いします!」

…本来ならば人事は本社の指名で動くものだが、佐藤が副支配人にするなら、何も知らない人材よりも、当ホテルの人材の方が良いと頼み込んだからだ。

「おめでとう!」「よ!副支配人!」「よしてくれよ!恥ずかしい!」
 そう皆で喜んでいると、1本の電話があった。
 テレビ局である。
 何でも当ホテルが取り組んでいる農業体験ツアーの取材をさせて欲しいとの事だった。
 当然、宿泊もすると、演者たっての希望であるとの事。
 その日は平日なので、10名位なら充分に宿泊出来るぐらいの空き部屋があった。

「支配人、ラッキーですね!」

「ああ、これで少しは稼げるな。」


 数日後、テレビ局の皆様が到着の日。

 コツコツと、この田舎のホテルには、不釣り合いのヒールの音がなり、頭を下げている私の前で音が止まる

「は〜い!佐藤支配人、元気?」

 あの「女優さん」だった。

 テレビクルーの方々に段取りを一通り説明すると、
 農業体験担当のスタッフへバトンタッチ。
 女優さんは、「佐藤支配人がいる所は、教育が行き届いてるわね。」
 嬉しそうに話してくれた。

「そう言えば、今でも陽光ホテルはご利用されていますか?」

「ダメヨ!あのホテルは!私、出禁になっちゃたもの。」

「何故ですか?お客様はそのような事をする人ではないはずですが。」

「あの高橋のせいよ!私がちょっと文句を言っただけで、もう来るな!ですから。」

「そうだったんですか…」

「じゃあ、取材に行ってくるわね!」
「女優さん」は手を振りながら、出ていった。

「支配人、あの方とご友人なんですか?スゴイ!」

「いや、前のホテルの常連さんだよ。」

「気さくな方ですね。」

「ああ、とてもいい人なんだ。」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?