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美味しい珈琲はいかが?3 四杯目

「田口君・・・。」

 突然の田口の訪問に香は驚きを隠せないし、何で?との不思議さに頭が回らない。

「香ちゃん、話しがあるんだけど。」

 香は戸惑いを隠せない。何かを悟ったマスターは気を聞かせてくれて

「香さん、少しぐらいなら席を外しても構いませんよ。
「え?ああ、すみません・・・。」

 田口の後ろに付いていくように扉の外に出るのだった。
 カランカランと扉の音がいつもと違う感じがした。

 扉が閉まると、大騒ぎなのが常連さんをはじめとする、所謂「居残り組。」

「おいおい、今のが香ちゃんのお相手かい?」
「ええ、きっとそうよ!ぱっと見は、好青年って感じよね。」
「・・・。」
「マスター、なんか言えよ!」

 複雑な心境を感じているのは、自分だけなのかしらとマスターも不思議な感覚に陥っていた。

 扉の向こうでは、呼び出したものの、何から切り出せばいいのか、黙っている田口と香がいる。聞こえるのは都会の中にある『森』にいる虫の声だけ・・・。

 お互い、思いを決したのか『あの!』同時に口を開けては、黙っているを繰り返していた。

 ようやく、田口が口を開く。

「ごめんね、急に押しかけちゃって・・・。香ちゃんがこの店でバイトしてるって聞いたものだから。」

「いえ、いいんです。来てくれるだけで・・・嬉しいです。」

 香は田口の顔を直視出来ない。外が暗くて良かった。多分、期待と焦りで変な顔になってると頭の中で考えているし、顔が熱いのも感じているのだ。

「あの、ところで店の扉の隙間から見えてる人たちって・・・?」
「え?」

 慌てて香が振り向くと、そこには扉の隙間から顔を出し、二人の成り行きを見守っている?野次馬の皆の顔があった。

「ちょ、ちょっと!恥ずかしいから見ないで下さいよ!」
「お構いなく。」
「構いますよ!あっちに行っててください!」

 静かに、そして残念そうに扉が閉まっていく。

 扉が閉まるのを確認すると

「すみません」と香が申し訳なさそうにしている。

「香ちゃんって、素敵なお店で働いているんだね。」
「はい、とてもいいお店です。お客さんもいい人たちですし。」
「実は僕も珈琲は大好きなんだ。」
「そうなのですか。」
「うん、学校で香ちゃんから珈琲のいい香りがしていたから。」

 確かに学校からお店までは直行しているが、匂うほど移っているのかしら?まぁ、珈琲だから良いけど。香はどうでもいいことを考えてしまい、思わずクスッと笑ってしまった。

 香の笑顔に救われたのか、田口が口を開く。

「実はさ・・・。前から、香ちゃんの事が気になっていて。」
「え?」

 あの、学校一人気の田口君が私を?イケメンの彼が私を?嘘?と思ってしまい

「今日はありがとうございました、また学校で!」

 香は店の中に慌てて入ってしまった。

 店内にて。

 香が慌てて扉を閉めると常連さんたちのいかにも「どうだった?」と聞きたそうな顔が並んでいる。これは話さない訳に行かないと悟った香は、いつもの笑顔に戻り

「どうって事なかったですよ!」

 そう、いう事しか出来なかった。

 常連さんが、「そんなこと言ってもよ?」
「シャラップ!」そう言い返す事しかできない。

「はいはい、野暮な事は聞かないの!この話はおしまい!」パンパンと手をたたくマダムだった。

・・・置いてけぼりの田口は、呆然と店を見ていたが、仕方ないと帰って行った。

 翌日、雨の学校にて。

「香、おはよう!昨日はどうだった?」

上履きに履き替えている香に友達が声を掛けてくる。

「昨日って、何?」

「田口君が来たでしょ?」

「私があそこでバイトしてることを教えたのって・・・?」

「そ。わ・た・し!感謝してよね!」

 廊下の向こうから田口が香を見つけて「香ちゃん、おはよう!」
香は「お、おはようございます!それでは!」と逃げるように教室に走って行くのだった。

 それからと言うもの、休み時間の度に田口は香のいる教室にやって来ては声を掛けてくる。その度にトイレに駆け込む香。

 お昼休み、弁当を広げようとした時だった。
 弁当を持ってきた田口は「一緒に食べようよ!」と勝手に机を香に近づけて来た。
 もう、逃げ場がない!助けて!と友達を見るが、ひらひらと手を振る友達は、別の子と弁当を食べると机を持って行く始末。その上、全女子からの熱い視線を一身に受け、気が気でない。

「わ、私、屋上で弁当を食べます!」
「外は雨だよ?」

 ウッ、そうだった・・・。本当に逃げ場がない。仕方なく弁当を広げることにした。

「わぁ、香ちゃんの弁当って可愛いね。いつもお母さんに作って貰ってるの?」

 可愛いい・・・可愛いい・・・。『弁当』という部分が欠落した香は顔を下に向ける事しか出来なく「いえ、私が作ってます・・・。」

「今度、僕にも作ってよ!」気さくな笑顔で、さらりと行ってくるものだから、「じゃあ、明日、作ってきます」そう答えるしかなかった。

「それじゃあね。」

 弁当を食べ終わった田口は教室を出て行ってしまった。

 その後が大変!

「キャアー!香!いつの間に田口君とそういう仲になったの?」
「どっちが告ったの?」
「あの『イケメン』を、どうやって落したの?」

 質問攻め・・・。当事者の香には、サッパリと解らない。
 何で、田口に迫られているかとか、いろいろと解らないのだ。

 学校も終わり、帰ろうとすると後者出口で田口君が立っていた。

「やあ、香ちゃん。一緒に帰ろうよ。傘が壊れちゃって。」

 絶対、嘘だ。彼の持っている傘は、どう見ても新品に見える。

 それを察したかのように、田口は持っている傘を鯖折り!

「ね!壊れちゃってるでしょ?傘に淹れてくれないかな?」
「あ、はい。」と唐突にそう答えるしかなかった。

 雨が傘に当たり、ぽつぽつと音が聞こえる。
 その間、彼が何かを言っているようだが、心臓の音がうるさくて何も聞こえない。
 だって、今まで友達以外に男子とはした事なかったのに、よりによって田口君と『相合傘』。思わず離れて歩いてしまい、香の肩が雨で濡れて閉まっている。

「濡れちゃうよ。」

 田口は傘を香の方に傾け、自分が濡れている。優しい・・・。

「それじゃあ、田口君が濡れちゃうよ。」
「だったら、もっと僕に近づいてよ。」

「バイト先まで送るよ。」

『喫茶小さな窓』に着くと、田口君は走って帰って行くのだった。
「バイバイ。」と小さな声で送る事しかできない香。

「青春じゃのぉ~。」

 声を掛けてくるのは常連さんだ。

 ギョッとした香は「見てたのですか?」

 優しい笑顔の常連さんは「見てた見てた」カカカと笑っていて、香は真っ赤になるしかなかった。

 店内では何も言わず、聞かれず。何か聞かれた方が楽なのに・・・。
 そう思いながら、いつものようにバイトをこなすようにしているのだが

「香さん、手が止まってますよ。」

 マスターに注意をされてしまった。

 次の日 学校にて。

 相変わらず、休み時間の度に香のいる教室に姿を現わす田口。
 普通、別のクラスの人が来る時ってさ、教室の外にいない?
 田口君は、香のいる机の所までやってくる。
 その度に、キャァーっと他の女子たちが悲鳴を上げている。

「香ちゃん、今度の休みにデートしてよ!」

 明るく誘ってくるものだから、嫌味がない。

「私、学校が休みの時はバイトだから。」
「じゃあ、バイトが休みの時でいいよ。」
「・・・はい。」

 逃げることが出来ないと悟った香は受け止める事しか出来なかった。
 当然、クラスの中では悲鳴と質問攻めにあったけど。


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