見出し画像

エンドレスエイトに馳せる夏

今の10代は、もう知らないかもしれない。
2009年の夏。10代だった私は、当時流行っていた「涼宮ハルヒの憂鬱」というアニメにドはまりしていた。

人に騙されて、心を病んで、ご飯の味も音楽もよく分からなくなって。ぼんやりと天井を眺める日々を過ごしていた私は、なぜか「涼宮ハルヒの憂鬱」を見たとき《これだ》と思った。何が私の心を動かしたのか、正直今でもわからない。でも、テレビでハルヒを見たときの衝撃だけは、はっきりと覚えている。

「東中出身 涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者が居たら私の所に来なさい。以上!」

黙っていれば超美少女。そんなハルヒが高校最初の自己紹介で言い放ったのが、前述の台詞である。そしてその言葉通り、ハルヒの周りには宇宙人や未来人、異世界人、超能力者がわらわらと集まるようになるのだが、それをハルヒ本人だけが知らない。そんなハルヒの横で「やれやれ」と言いながらもドタバタに巻き込まれていく主人公・キョンの主観でストーリーは進む。

学校にもほとんど行けず、他の何にも興味を持てなくなっていた私だが、ハルヒのアニメを見たことをきっかけに生活が一変した。原作となっているライトノベルをすべて集め、毎週欠かさずアニメを見て。ハルヒに出ている声優さんたちが出ている作品を追いかけた。ハルヒの制作元である「京都アニメーション」の作品も、色々と調べて見るようになった。

そんな生活のなか、ハルヒファンどころかアニメファンに大きな波紋を呼んだのが、放映中のアニメではじまった「エンドレスエイト」というストーリーである。

  *

「エンドレスエイト」は、キョンたちが8月17日~31日までをひたすらエンドレスでループするお話だ。ざっくりと言ってしまうと、ハルヒには自分の願望を無意識の内に現実にしてしまう力があって、ハルヒのその力が働いて、キョンたちは15532回も8月をループすることになる。

ストーリーだけ聞けばよくあるループものなのだが、これを放送した人は控えめに言って頭がおかしい。なんと2ヶ月・アニメでいうと8話にわたり、ほとんど同じストーリー(夏休みをただただ過ごすキョンとハルヒたち)を放送し続けたのだ。

視聴者は、いったいいつになったら終わるのか分からない夏休みの映像を、30分×8週間にわたって見せられ続ける。最初の1~2週はまだいい。ところどころ微妙に違う台詞を見比べたり、差分を探すことも楽しめた。だが、3週・4週と回を重ねていくたびに、楽しみは(これは……いったいいつ終わるのか……)と不安に変わりはじめた。

ネットでも「また同じだ」「え、いつ終わるの?」と、ひたすらなループに不安を訴える声がぽろぽろと現れはじめる。

それでも、夏休みは終わらない。

5週目、6週目。
手抜きではないか? ハルヒがこんな駄作だと思わなかった。そう言って離れていくファンも現れ始めた。

それでも、それでも、夏休みは終わらない。

7週目。さすがに7回も同じ流れの話を見ていれば、だんだん台詞すら覚えてくるので、ひと言違うだけで「あれ、今の違ったよね」と言えちゃうくらいには台詞や進行を覚えてしまっている自分がいた。微妙な差分があちこちにあり、それらを見比べるのは面白かったが、ネットでの評判は著しく悪い。この流れを酷評する動きすら見られるようになった。

そして迎えた、8週目。なんとこの日、エンドレスエイトが終わる。9月1日がやってくる。

ハルヒたちの夏が終わらない理由を知ってしまうと「なんだ、そんなことで?」と言いたくなるのだが(実際、思わず言ってしまったのだが)
でもハルヒにとってはとても重要なことなのだ。他の人が見て取るに足らないことであったとしても、本人にとっては大切なことなんて、世の中に山ほどあるだろう。

8週にもわたるエンドレスエイトが終わった日、私は思わず「終わった!ついに!」と大声を上げた。なんだかわからないけれど、私のなかで何かが終わったのだという達成感があった。

この「エンドレスエイト」の何がすごいかって、8週にもわたってほぼ同じストーリーをやっているのに、演出・絵コンテ・作画監督スタッフがほとんど毎週違うのだ。そしてアフレコは8回やっている。つまり、同じことを繰り返しているように見えて、実は少しずつ違っている。

「エンドレスエイト つまらない」
「エンドレスエイト 炎上」
といったキーワードが多くみられるように、とにかく評判が悪くて「これでハルヒを見限った」などというファンも多いのだが、私はこの8週間が大好きだ。

まったく同じ流れを繰り返すのに、わざわざ毎回アフレコをし直す労力。
少しずつ違った演技をする人もいれば、まったく同じ演技を繰り返す人もいる。

まったく同じ流れを繰り返すだけなのに、わざわざ毎回作画が変わる労力。
微妙な差分をつくって「同じに見えて少し違う」違和感を作り上げている。

誰かから見れば「くだらない」と言えてしまう、でも本人たちにとってはとても大きくて丁寧なこだわりが、私は大好きだった。そしてそんな作品を作り上げてしまう「京都アニメーション」という制作会社が、本当に魅力的に映った。

  *

エンドレスエイトというアニメにすら、差分があるのだから。
「学校へ行き、バイトに行って、帰ってくる。」
ひたすら繰り返す自分の日常のなかにも、ほんの少しの差分があるのではないか?
そんな視点が生まれた私は、毎日のなかで「小さな変化」を探すようになった。

「●●さん、前髪切ったな」「今日はバイト先に△△さんが来なかったな」
「今日は××さんに挨拶ができたな」「今日は一本違う道から帰ってみよう」

毎日同じことの繰り返し。ただのつまらない日々。
そう思っていた自分の日々が、実はさまざまな色であふれていることに、少しずつ気づけるようになった。

エンドレスエイトは、一見同じ光景を繰り返す映像を放送し続けていただけに見えても、退屈な日常生活を送るひとりの10代の女の視野を、大きく広げてしまうくらいには刺激的で、丁寧に作りこまれた作品だった。

  *

私がまだ10代だったころ。
8週間にわたり「終わらない夏休み」の終わりを待ち、その光景を眺め続けた。

現実世界を生きる私の夏は、ハルヒたちがループしていたようにはループすることなく(実際はしていたとしても気が付かないだけなのかもしれないが)気づけばそれから10回目の8月31日がやってきた。終わらない夏休みなんてない。
単調な繰り返しの日々を嘆き、学校とバイト先だけが自分の世界だった10代の夏は、もう戻ってこない。

蒸し暑い校舎で、こっそり食べたアイスの味。
更衣室に香る、制汗剤のほのかなにおい。
からんころんと下駄を鳴らして、初めてデートで行った夏祭り。
遠い遠い記憶のなか、当時は単調でつまらないと思っていた日々を、今は鮮やかに、そして懐かしく、いとおしく思い出せるのはなぜだろう。

ハルヒみたいな力もなければ、キョンみたいに「やれやれ」って言いながら色んなことに巻き込まれていく充実した毎日もない。一度流れていった季節は、どうやったって戻らない。

エンドレスエイトが私に教えてくれたのは、繰り返しの日々のなかにある楽しみに気づくこと。そして、もう戻れない、遠く彼方の夏への羨望。


8月31日の夜が明けると、今でも思わず、スマホの画面を確認してしまう。
でも結局いつも、そこには「9月1日」の文字。時間は今日も、静かに前へだけ進み続けている。

在宅勤務になり、外出する機会も減って、部屋の窓から見えるのは切り取ったような青空。去年の夏とは違う、今年の夏。「海にいきたかったなあ」「去年の夏はバーベキューとかしたなあ」振り返ってみても、もう終わってしまったものは戻らない。でも今年も、去年の夏を振り返れる余裕があったこと。来年の夏はこんなことがしたいなあ、と、思い描ける心があること。きっとこんな今日も、懐かしむ日が来るに違いない。そう信じて、私は今年も訪れてしまった9月に、一歩足を踏み出すのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?