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大工、足場屋で働く.3 ケンちゃん編

 メンタルクリニックでうつ病の診断を受けて、3種類の抗不安薬などを飲みながらも背に腹は代えられず、ヒーヒー言いながら働いていた足場屋で出会った人達の話。


 今回は3人目、足場職人ケンちゃんです。当時40代前半。ケンちゃんは前回お話しした佐藤さんと社長と3人で事務所兼社員寮のアパートで暮らしていました。


 一度ケンちゃんの部屋を覗いたことがあるのですが、部屋には小さなブラウン管のテレビが床に直置きされており、後は布団とスーパードライ350の空き缶のみ。その空き缶の量たるや・・・。布団は寝ている部分だけ背中の形にシーツが破けてました。


 ケンちゃんは白髪交じりのごま塩ヘアーで短髪。ビールを飲まない限りほぼしゃべらない無口な人柄で、一年365日ずっと蛍光イエローのド派手なヤッケを着ていました。


 真夏のクソ暑い日でも汗だくだくで蛍光イエローのヤッケだからね。まじで謎。周囲の人間はそれがケンちゃんのスタイルであることに慣れすぎて、ツッコむ人はもういなかった。幼い頃蛍光イエローのヤッケの人に助けられたのかも・・・仗助みたいに。


 そして、ケンちゃんは毎朝欠かさずコンビニでヨーグルトを買って飲む習慣があるのですが、ある日のこと。


 我々は二台のトラックで横浜市内から都内の現場まで、高速道路も使って一時間の道のりを走りました。そして現場到着。


 とここで、ケンちゃんトラックの中で飲んだヨーグルトの効果なのか、トイレ探し。ちなみにこれ、毎回です。毎日だったんです。逆にすごいと思う。


 でね、その日は品川駅近くのビル内で仕事だったのですが、管理が厳しくて、作業終了までトイレは使わないでくれって言われていたんです。鬼ですよね。だけど職人界ではよくある話。


 さあ、ケンちゃんどうする?


 いつものように「トイレ」と一言ぼそっと呟いて、現場からいなくなったケンちゃん。30分経っても帰ってこない。1時間経っても帰ってこない。


 ケンちゃんが現場に戻ってこないのに、誰もそのことを気に留めないのも変なのですが、社長も「戻ってこないね」の一言で終了。なんなのこの人達。


 お昼になっても夕方になってもトイレから戻ってこないケンちゃん。もう事件なのに誰も意に介さず作業は終了。まさか! と僕は思ったのですが案の定。


 「帰るよ~」と、普通に二台のトラックは帰路についたのです。まじかよっ!


 「ケンちゃんさんはどうするんですか?」

 

 「ケンちゃんさん置いていったらマズくないっすか?」


 ケンちゃんさん・・・。


 僕の不安と心配をよそに、社長とクマちゃんと佐藤さんの三人はもうビールのことで頭がいっぱい、トラックは横浜に向けて出発。なんて薄情な連中やねん。


 そしていつものように作業場に戻り、明日の材料をトラックに積み、今日の仕事を終えて、みんなでぞろぞろ事務所に戻ったんです。


 すると、誰もいないはずの事務所の中から物音が・・・。


 ガチャッ・・・。


 「おかえり」


 え?


 ええええええええええええええ!!???


 なんと、そこにはパンツ一丁で缶ビールを手に持ったケンちゃんその人が仁王立ち。


 恐ろしいことに、トイレが無かったから歩いて帰ってきたとのこと。


 え、品川から? 高速使って一時間以上かかるのに?


 ケンちゃんさん・・・。


 そんな、ケンちゃん。足場屋を辞めたら家庭教師になる、と言っていました。しかもその言い方が「家庭教師でもやって喰うからいいよ」ってな具合。


 うん、多分ムリだよ、ケンちゃんさん。

 

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