虫を無視できたらいいのに。

「邪魔だ、ぼけぇい」

おそらく、ぼくに向かって飛んできたカナブンの気持ちを代弁するなら、こうだっただろう。昼間のベランダ。空にはヘリコプター。緑色のカナブン。ブロロロッという上空から鳴る音をかき消す勢いで、ブィーンと轟音を鳴らしながらこちらに飛んできた。しかし、ぼくにぶつかるギリギリのところで方向転換して、どこかへ飛んでいった。

昆虫たちは、なぜこちらに向かって飛んでくるのか。こっち来んな! と思っているときほど、一直線に飛んできたりする。あちらだって、自分の数百倍の大きさがあろう生き物に向かっていくのは、怖いんじゃないか。相当な怖いもの知らずなのか、アクセルとブレーキを間違えるみたいな何かのミスなのか。誰にも答えはわからないけれど、セミやカナブン、ゴキブリは果敢にも人間に向かってくる。殺されるかもしれないんだぞ、と説教してやりたい。いや、面と向かって話すのは嫌だけど。

部屋に入ってくる奴らの気もしれない。昆虫たちからすれば、魔境のようなものではないか。スプレーやスリッパ、新聞紙といった凶器を持った人間たちがいる。到底かないっこない。桃太郎のように、鬼ヶ島へ乗り込んで、鬼退治のつもりだろうか。いや、金銀財宝なんてないぞ。もう一度言うが、殺されるかもしれないんだぞ。来るんじゃねぇ。

虫が嫌いである。理由は、気持ち悪いからだ。でも、昔は平気だった。カブトムシやクワガタムシを捕まえに山によくいったものだ。でも歳をとるにつれて、嫌い度合いが増していった。何もしてこないとはわかっていても、どうしたって見るだけで、嫌気がさす。あいつらだって、必死で生きているのであって、むやみやたらに殺してはいけない。わかっている。でも、部屋で出会したら外に出してあげられるだけの気概は自分にはなく、殺してしまう。

だから、こっちに来ちゃダメだ。来ないでくれ。殺したいわけではないのだ。

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