自由人から感じる美しさのようなもの。

「BELIEVE YOUR トリハダ 鳥肌は嘘をつかない。」

自由人という肩書きで活動している、高橋歩さんの格言だ。大学生の頃に、高橋歩さんの『FREEDOM』という本を読んで、この言葉を知った。そして、強烈に憧れた。高橋歩さんのように生きたい、と。

世界中を旅したり、本を出版したり。世界各地にレストランやカフェを作って経営をしたり、沖縄に自給自足の村を作ったり。東日本大震災があったときにはボランティアビレッジを立ち上げ、復興支援活動もされていた。すごい。やりたいことを次々と叶えている。人々の役に立つような活動もしている。自由人と呼ぶに相応しい。ぼくも自由人になりたい、なってやる、なるぞ! と大学生のぼくは意気込んでいた。そして高橋歩さんの真似事のように、海外に行ったり、日本各地を旅したりした。

ただ当時のぼくは「BELIEVE YOUR トリハダ」という言葉の意味を深くは考えなかった。いい言葉だ! ぐらいにしか思わなかった。だから改めていま、考えてみたいと思う。

直訳すれば、「あなたの鳥肌を信じろ」である。鳥肌を信じるとはどういうことだろう。そもそも鳥肌がたつのは、交感神経が興奮や緊張などを感じたときらしい。たとえば凍えるような寒さや歯の根が合わないような恐怖、価値観がひっくり返るような衝撃、思わず飛び跳ねてしまうような喜びなど、そういうものを感じたときに、チキンのようなブツブツとした肌になる。

寒さや恐怖を感じるときに鳥肌がたつことはわかる。実際にそういう経験をしたことがあるからだ。冬の夜に風呂に入るために脱衣所で服を脱いだときや夜道を歩いていて不意に後ろに誰かがいたことに気づいたときなどは、それこそ粟立つ。33年間で、何度も経験している。

けれど、衝撃や喜びを感じたとき、あるいは感動したときに鳥肌がたったことはあるだろうか。パッとは思い浮かばない。もしかしたら一度もないかもしれない。ただ、似たようなことなら経験がある。

真造圭伍さんの漫画『ひらやすみ』を読んだときのことだ。『ひらやすみ』は自由気ままに阿佐ヶ谷で暮らす主人公・生田ヒロトくんの日常を描いた漫画である。高橋歩さんとは全く違うけれど、ヒロトくんもある意味では自由人と言っていい。29歳でフリーター。結婚もしていないし、彼女もいない。定職につく気もない。それでいて将来に不安を抱いていたり、周りと比べて焦っていたりする様子もない。世間体を気にせずに、自分らしく生きている。縛られるものがない。執着がない。そんなヒロトくんの姿にぼくはやっぱり憧れた。

『ひらやすみ』1巻の7話目に見開きのページがある。ヒロトくんと彼の従姉妹であるなつみちゃんが家に帰る途中、夕立に遭い、傘もささずに走っているシーンだ。なつみちゃんはカバンを頭の上に掲げてしかめっ面で走っている。前屈みで、早く家に着くようにといかにも必死な様子だ。対して、ヒロトくんは口を開けて笑っている。肩からかけたショルダーバックもそのままだ。背すぎはどちらかというと真っ直ぐで、足取りは軽やかな感じがする。ウキウキ、ワクワクしている様子が伝わってくる。

このシーンを初めて読んだとき、自分の中にある何かが震えた感じがした。足の先から頭のてっぺんまで、一瞬ではあったけれど、電気が走るようにピリピリとした刺激が走った。読み進めていた手が止まった。「あっ」と声がもれそうになった。そして、一粒の涙がこぼれた。鳥肌はたたなかったけれど、身体は確かに反応した。心が震えたのだと思った。

たぶん衝撃を受けたのだろう。アラサーの男性が土砂降りの中、傘もささずに笑いながら走っている。実際にそんなことをしていたら、奇異の目で見られるだろう。でもヒロトくんはそんなことを気にしている様子はない。夕立という自然の現象をあるがままに受け止めている感じがする。受け止めた上で楽しんでいるように見える。びしょ濡れになってしまうのだから、普通はなつみちゃんのようになるはずだという自分の中にある固定観念が崩れた気がした。ヒロトくんの姿が、とても美しく見えた。羨ましかった。

「BELIEVE YOUR トリハダ」というのは、身体や心の反応を信じろということなのかもしれない。頭で考えるだけではなく、もっと五感というか、第六感というか、そういうものをフルに使って感じること。ぼくの憧れの高橋歩さんやヒロトくんも、感性が豊かだなと思うのだ。非日常で出会う未知のことや日常にある些細なことに対して、自分なりの目で物事を捉えている。そして、身体を、心を、震わせている。だから、とても楽しそうなのである。自由に見えるのである。

高橋歩さんの真似事をしていた大学生の頃には気づけなかったが、ぼくが憧れる自由人とは、自分の感覚を大切にして生きる人だ。誰がなんと言おうと、自分はこうしたいのだという意志を持って生きる人だ。そういう生き方に触れたとき、美しいと感じて、鳥肌がたつほどぼくの体や心は震えるのかもしれない。

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