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【短編】 森林限界とガジェット

ある地方の山岳地帯。

標高が高くなるにつれて背の低い樹木しか育たなくなる、いわゆる「森林限界」の始まるところに古びた山小屋があった。
「森林限界」について研究を続ける一人の学者、アルファ博士が住み込みで研究に打ち込むための小屋だ。

彼は長年孤独な研究を続けていた。

アルファ博士は、自ら「ガジェット」と名付けた最新のデバイスを活用して、森林限界の謎を解明しようとしていた。
ガジェットは小さなドローンやセンサーを使って、気温や湿度、土壌の成分などを細かく計測できる優れものだ。ある日、博士はガジェットを用いてある重要なデータを収集する計画を立てた。

その計画とは、標高の異なる地点にガジェットを設置し、各地点の環境データをリアルタイムで収集するというものだった。
博士はこのデータから森林限界が形成されるメカニズム、そして密かに着目してきたもうひとつの「謎」を解き明かすつもりだった。彼はガジェットを持ち、険しい山道を登っていった。

数日後、すべてのガジェットを設置し終えた博士は山小屋に戻り、データの解析を始めた。
しかし、データには奇妙な点があった。標高の高さに比例して気温は下がっていくはずだが、あるエリアだけは常に一定だ。それだけではない。特定の地点を越えると、まるで「何か」がデータに干渉しているかのように数値が乱れていた。

博士は何か大きな発見の予感を感じ、さらに詳しく調査を進めた。
その夜、彼はガジェットから送られてくるリアルタイムの映像に釘付けになった。突然、映像が激しく揺れ、何かがガジェットを掴んでいるような映像が映し出されたのだ。その後、映像は途切れ、ガジェットからの信号も消えてしまった。

驚いた博士は、急いでその地点へ向かった。険しい道を進み、やっとの思いで到着すると、彼は信じられない光景を目にした。
まるで巨大な木の根がガジェットを捕らえているかのように絡みついていたのだ。博士はその根を調べようと近づいたが、足元が急に崩れ、滑り落ちてしまった。

「痛・・・」

彼は滑り落ちたところが、巨大な地下空間であることに気づいた。

それはまるで地下の森のようで、無数の根が絡み合い、未知の植物が育っていた。その空間に差し込むわずかな光が、青白く輝く幻想的な風景を作り出していた。

アルファ博士は呆然と立ち尽くしながら、ひとつの仮説を立てる。
森林限界は、単に標高の気温と気圧の問題だけではなく、地下に広がる「もう一つの森」の影響を受けているのだ。しかしこの地下の森が地上の生態系にどんな影響を及ぼしているのか、現時点では未知数だった。

博士がその真実を明らかにしようとした瞬間、地下の森が再び動き出した。木の根が絡み合い、まるで生き物のように博士を包み込もうとした。
彼は必死に逃げ出そうとしたが、その根が彼を逃がすことはなかった。

数週間後、捜索隊が博士の山小屋を訪れたが、彼の姿はなかった。
捜索隊が周辺を徹底的に調査したが、博士もガジェットも発見することが出来なかった。当然、地下の森も。

彼らが去った後、森の深いところからかすかな青白い光が漏れていたという噂が、今も山間部に住む人々の間でささやかれるようになっていた。

噂を聞きつけたアルファ博士の助手、ベータ氏がスタッフを引き連れ入山すると、森林限界付近は異様な雰囲気に包まれていた。

ベータ氏は端末を取り出し、ガジェットを探す。少し進んだところで、端末は反応を示した。近くにガジェットがある。

「みんな、この辺りを重点的に頼む。 ん?なんだ?」

その瞬間、地鳴りと共に森林限界斜面の一部が崩落。ベータ氏一行はたちまち飲み込まれてしまった。

「ベータ君、気がついたか」
「・・・あ、アルファ博士! 無事だったんですね!探しましたよ!」

巨大な地下空間。樹木の根が縦横無尽に張り巡らされ、見たこともない、青白く発光する植物が生い茂る異様な空間に、アルファ博士はずっと昔からの住人のように馴染んでいた。

「は、博士。一体ここは」
「驚いただろう。森林限界の地下にこんな空間があるんだよ。私もここについて調査しようと思っていたんだがね。もはやそんな事はどうでもいいんだ」
博士は淡々と話す。
「どうでもいい、とは?」
「人類にとって重要なパートナーが、ここにいるのだ。どうかなベータ君、君の力もぜひ貸してくれないだろうか。この森林限界の地下から、人類の、いや地球の再生が始まるんだ」

「大丈夫ですか、アルファ博士。滑落した際に頭を打ちましたか?さ、帰りましょう」
「まあ、これを見てほしい」
博士が指し示した方には、およそ山腹の地下には似つかわしくない無機質な設備があった。青白く発光する植物で覆われている。

「これは、【彼ら】の二酸化炭素エネルギー変換装置だ。私はこれを【センチネル】と名付けて、調べているんだ。これは温暖化で悲鳴をあげる地球にとって、救世主となる。そう確信している」

「ちょっと待ってください。【彼ら】っていうのは、一体」
「ああ。紹介しよう。」

そう言いながら博士が奥から連れてきた生物を見たベータ氏一行は、驚きのあまり言葉を失う。
「便宜上、地底人、とでも表現するか。しかしだねベータ君。彼らは非常に温厚で知的で、我々人間の方がよほど野蛮で低俗に感じるよ」

「わ、分かりました。しかし博士、研究を続けるにしても、一旦帰りましょう。ご家族も、大学も皆さん心配しています」

「うむ。そうだな。ではそうしよう」
次の瞬間、ドローンガジェットが数機、ベータ氏一行を取り囲んだ。
間髪いれず光線が照射され、一行はその場に倒れ込んだ。

博士は何かに操られているかのように、表情を変えぬまま言った。

「すまんな。今はまだここの事を世に知られるわけにはいかないなんだよ。もっとも、地球の救世主だなんていうのはウソだ。私は【彼ら】のこの高度な文明を使って、いずれ地上に進出して地球を【彼ら】の星にしたいと考えている。人類には申し訳ないがいなくなってもらう。もちろん、私が生きている間には無理だろう。何代、何十年かかっても必ず実現させてやる。そのために、君たちも手を貸しなさい」

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